2015年4月5日日曜日

バブル待望論

 私は株式バブルを経験したことがない。ITバブルの頃ですら、映画狂で、株とは無縁の大学生だった。
 だから儲かる儲からないとは無関係に、株式投資家として一度はバブルを経験してみたいと思っている。隣のおじいちゃんも、あなたのお母さんも、投資とは縁遠そうな人たちが口々に株価のことを話題にする。そんな世界を想像すると、いても立ってもいられない。
 私はこうみえてお祭り好きだ。平時の理論を超えた株価が人々の熱狂によって形成されていく。あらゆる現象が新しい理屈によって正当化される。その異常なエネルギーたるや、何と素晴らしい。

 ただ、本当にこのようなわかりやすいバブルは今後訪れるのであろうか。実をいうと私は少し懐疑的だ。
 私のバブル願望に水を差すかのように、ネットニュースやらどこぞのブログやらで、定期的にバブルを警戒するような論調を目にする。まだTOPIXの予想PERは20倍にも満たないというのに! これから更に日経平均上昇などのニュースが連日報道されるようになると、バブル警戒論も加速度的に増加するだろう。まったく余計なお世話だ。

 だから、もしかすると「株式」という、隣のおじいちゃんやあなたのお母さんでも何となく理解できる金融商品のバブルは訪れないような気がするのである。(あなたの母上を侮辱するつもりはありません。念のため!)
 かつては新聞で一部の"有識者"が警鐘を鳴らすのみだったバブル懸念論も、今や汎地球規模のインターネット・コミュニケーション・ツールの恩恵により、発言可能な"有識者"層は飛躍的に増加した。それは不出来なりにも集合知として機能し、バブルの芽を事前に摘み取る役割を果たす。

 しかし、人々が潜在的に熱狂を求める性質に古今の違いはない。バブルは今後も確実に起こる。ただしそれは、生半可な"有識者"では発生していることすら認識できない巧妙さで進行し、そして弾けるのだろう。株式バブル崩壊などより圧倒的な破壊力をもって。
 米国発の住宅ローンバブルはその典型例だ。あれは実に新世紀型のバブルだったように思う。

 この推測が当たっているとすれば非常に残念だ。バブル好きの私も進行中のバブルを認識できない可能性が高い。いや、仮に認識できたとしても、熱狂はウォール街とか一部の世界だけで起こっており、世間はポカーンとしているだけかもしれない。世間の高揚にまみれたい私の願望が、これでは叶わない。

 ちなみに私はアナーキストでも破滅論者でもない。いつものように、下世話な興味としてのバブル待望論である。願わくば、その際には自分の金融資産を防衛するためうまく立ち回りたいとも思っているが…

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