ボーイングの実力はP/Lだけでは測れない


 私の辞書に「ボーイング決算でサプライズ」という言葉はない。たとえ18年Q4決算でコンセンサスを大幅に上回るEPSを叩き出そうとそれは揺るがない。
 当社は7年超にのぼる膨大な受注残を粛々と製造して顧客に納入している、私の保有株の中で最も将来の繁栄が約束された企業である。
 だから保有にあたっては業績よりも株式のバリュエーションに注意を払っているのだが、一応、決算情報の中でも注目しているデータがある。

 それは『繰延製造コスト(Deferred Production Cost)』だ。
 航空機製造は量産初期は製造がこなれていないせいで実際の製造原価が高くなり、ノウハウが蓄積されてくると逓減していく。通常のメーカーであれば個別原価計算が適用され、初期の損益が低くなり、後期に改善していく。
 しかし一つの機種(プログラム)のライフサイクルが数十年に及ぶ航空産業では、『プログラム会計』が広く採用されている。この会計手法のエッセンスは、量産期間中のコストを平準化してP/Lの売上原価に計上できるところにある。

 例えば量産初期に120円、中期に100円、後期に80円で製造できるという予測が量産開始前に立てられるとする。期間中の平均製造原価は100円だ。
 初期に120円の現金を支出して製造した製品について、次のような会計処理がなされる。

製品 100 / 現金 120
繰延コスト 20

 会計に疎い方のために説明すると、製品(出荷されれば売上原価になる)にはプログラム中の予測平均製造原価100が適用され、実際の現金支出120との差の20は、繰延コストとして資産計上され、量産がこなれてくる量産後期までP/L上では費用化がされない。

 つまりボーイングの損益計算書は、キャッシュフローの実力をあまり反映していないとも言える。
 さて、当社はドリームライナーの名で知られる787型機を発売してもう結構な年数が経つ。「結構な年数」というのは、787が量産中期以降にあり、初期に計上した繰延コストを取り崩している段階にあるということだ。
 これが何を意味するか。再び仕訳で考えてみよう。

製品 100 / 現金 80
     繰延コスト 20

 ここで起きているのは、P/L上には売上原価が100で計上されているのに、実際の現金支出は80でしかないという事態だ。787の繰延コスト残高推移を確認しよう。


 2016年Q1を境に繰延コストが減少し始めているのが確認できる。でも、これだと少しインパクトが伝わりにくいので、四半期ごとに当期純利益と繰延コストの増減額を並べてみた。


 青の純利益はどの投資家も注目しているし、PERのような指標にも反映される。しかし実際のキャッシュフロー生成力は、この純利益に赤の繰延コスト増減額を加味してやらなければならない。
 繰延コストの取り崩しが継続的に行われているということは、ボーイングの実力は常に損益計算書から受ける印象よりも上だと言うことができる。それはPERとPCFRの差という形で見ることも可能だ。PERが21倍と割安感がないのに対し、PCFRは14倍でしかない。繰り返しになるが、どちらが当社の実態を表しているかというと、それは後者なのだ。


冒頭画像
『北北西に進路を取れ』アルフレッド・ヒッチコック

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