2015年6月22日月曜日

[ 解説 ] よくわかるリーマン・ショック

 2008年9月15日にアメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、100年に1度と言われる金融危機が起こった。ここで何が起こったのかを頭に刻み込んでおくことは、投資家にとって非常に有益だと確信している。これを深く、網羅的に、しかし数分で読了できる程度に簡潔に表現したい。そんな欲求がふと湧いてきた。どの程度出来るかわからないが、幸い、主要登場人物にスポットを当てれば、かなりわかりやすくなるような感覚を掴んでいる。将来の投資家たちの役に立つことを期待して、筆の赴くまま進めてみよう。


【モーゲージ債(MBS)】

全ては1980年代にMBSという金融商品が発明されたことに端を発する。MBSが登場するまで、銀行は個別の住宅ローンをまさに個別に管理していた。住宅ローンは借り手の信用力などにより様々な金利や償還年数が設定されており、しかも1件当たりの貸出残高は法人向けと比べると取るに足らない小さな金額だ。そのため、管理には非常に手間とコストがかかる。MBSはそんなお悩みを解消する救世主のような存在として市場に登場した。
金融機関は金利・償還年数が近い住宅ローンを集め、「モーゲージ・プール」を組成する。その上で、それらは証券化されて投資家に転売される。ここにどういうメリットがあるか。他の登場人物たちに語ってもらおう。

【ファニー・メイとフレディ・マック】

ファニー・メイ(連邦住宅抵当公庫)とフレディ・マック(連邦住宅金融抵当公庫)はともに政府系金融機関で、MBSを組成する立場にあった。銀行が組成したモーゲージ・プールを買い取ることもあったし、個別の住宅ローンを買い取って自らプールを組成したりもした。そしてプールをMBSとして証券化し、投資家に転売する。ビジネス・モデルを単純化すれば、ローン又貸しによる手数料収入をあてにしたものと言える。
キャッシュとリスクの流れはこうだ。MBSの裏付け資産である住宅ローンそのものはファニー・メイとフレディ・マックが保持しており、金利支払いと元本返済を受ける。そのキャッシュをMBS購入者に割当てるパス・スルー取引となっている。MBSの元利払い保証は両社が行っているので、借り手がローンを踏み倒してキャッシュの流れが止まると、蛇口から水が出ないのに、両社の風呂桶からはどんどん水が出て行ってしまう羽目になる。そのため、ローンの買取り基準は厳しく設定された。この時点で、両社のリスクは限定的であり、極めて安全なビジネスであるように思われた。
余談だが、住宅ローン転売ビジネスは特にファニー・メイの経営を劇的に変革した。MBSに手を出すまで、ファニー・メイの主要業務は短期で借りて長期で貸し、その利ざやで儲けるというものだった。通常の状態であれば短期金利は長期金利より低いので、そこに金利差(スプレッド)が存在したわけだ。しかし、このビジネスは金利上昇局面で常に脆弱性を発揮した。金利が上昇すると、収入たる長期金利は既に貸付時に条件が確定しているため変わらないのに対し、そのコストたる短期金利は迅速に跳ね上がる。そのため、時には逆ザヤに転落することもあり、ファニー・メイの損益は金利に翻弄される構造となっていた。MBSの組成による手数料ビジネスへの転換は、ファニー・メイの金利依存体質からの脱却を手助けした。もはや昔には戻れない。ファニー・メイには、MBSにのめり込む十分な動機が存在した。

【住宅ローン貸出機関】

従来であれば、住宅ローンの貸し手たる銀行のキャッシュフローは、まず貸付による数万ドルのキャッシュ・アウトがあり、その後数十年にわたってローン返済というキャッシュ・インがあるような構図となっていたので、銀行は住宅購入者に大量に貸し付けたくても、資金回転率が低くそれは無理な相談だった。MBS登場により、銀行はローンをファニー・メイやフレディ・マックに転売することですぐに現金化できるようになったため、キャッシュフローが劇的に改善し、銀行の手元には大量の貸付余力が残ることとなった。さらに素晴らしいことに、銀行はローンそのものを転売で手放すことになるので、金利変動や貸し倒れリスクからも解放された。そう、銀行すらも住宅ローンという金融商品を転がして手数料収入を稼ぐ、証券会社のような存在に変質してしまった。銀行間の貸付競争が激化し始める条件は完全に整っていた。

【住宅購入者】

アメリカ国民はさぞ驚いたことだろう。頭金が貸付総額に対して5%しかないような住宅購入希望者に対し、昨日まで銀行は渋い顔で門前払いをしていたはずだ。なのに、今やにっこり微笑んで懇切丁寧なローン説明をしてくれる。国民はお言葉に甘えることにし、夢見たマイホームに殺到した。最初は実需が主流だったが、需要過多により次第に住宅価格が右肩上がりになっていくにつれ、住宅を買った時より売る時の方が高くなるという現象が頻繁に見られるようになった。隣人が売却益を手にしてさらにいいところに移り住んでいくのを目にして指をくわえて静観していられる人は少ない。幸い不動産価格の上昇は住宅保有者の担保余力を拡大させたので、米国民はそれを活かして追加借入と新たな住宅購入を行った。かくして住宅購入は国民的娯楽となり、価格は永久に上がり続けるような雰囲気が醸成された。銀行はローンを転売することでデフォルトリスクを投資家に押し付けることが出来たので、ずさんな審査でどんどん貸した。そうして、天文学的な額の住宅ローンとMBSが組成されていった。

【サブプライムローン】

所得水準が低かったり、過大なレバレッジをかけたりして信用力が低い人たちへの貸付、それがサブプライムローンだ。もちろん、優良な借り手であるプライム層に比べて金利が高く設定されているが、それでも当初数年間は金利が低く抑えられていたり、元本返済が免除されているという特殊なアレンジによって、所得が低いにもかかわらず借りた後すぐに資金繰りで首が回らなくなるようなことはなかった。もっとも、数年後のモラトリアム終了を考えると、住宅価格が上がり続けることだけが彼らの生命線だった。

【格付け会社】

債券市場において、ムーディーズやS&Pといった格付け会社の影響力は絶大で、誰もがその内容を信用して取引せざるを得ない絶対基準とも呼べるものになっていた。サブプライムローンのMBSは最上級であるトリプルAの格付けを付与されていた。これはジョンソン・エンド・ジョンソン、マイクロソフト、エクソンモービルなど、当時にあっても米国で数社にしか与えられていなかった称号だ。サブプライムローン債のような一見リスクが高いように見える金融商品に対してこのような高い信用力が与えられた根拠は、分散と「本当の信用力」にある。一つ一つのローンは貸し倒れリスクが高いとしても、MBSは複数のローンの集合体であり、それらが一斉にデフォルトすることはないと信じられた。仮にデフォルトしても住宅価格が上がっていたので差し押さえた物件を売却すればローン残高以上の元本が得られることが想像できたこと、また、政府系金融機関であるファニー・メイとフレディ・マックがMBSへの元利払い保証をしているという事実が、サブプライムローン債のトリプルA格付けを正当化した。

【クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)】

もともとは貸し倒れリスクをヘッジするための金融商品で、保険に近い性質がある。ローンの貸し手は貸し倒れリスクを負っているので、万一デフォルトに陥った時でもその損失を埋め合わせることが出来るようにCDSを購入する。CDSの買い手は売り手に保険料に相当する手数料を支払い、デフォルトが起これば売り手は買い手に元本を支払う。保険のようだと表現したものの、保険は求償対象である実際のリスクが買い手側に存在していなければ購入できないのに対し、システム的にヘッジ対象取引と切り離された独立商品であるCDSは、ローンの貸し手でなくても購入できるところに両者の最大の違いがある。世界の破滅に賭けたいギャンブラーにとって、CDSはもってこいの商品だ。
CDSの最大の売り手となったのが世界最大の保険会社AIGだった。サブプライムローン債に付与されたトリプルAの格付はAIGを大変安心させ、CDS販売による手数料収入を割の良いビジネスと錯覚させた。事実、AIGはCDSの販売により多額の利益を計上し、それらは経営幹部への過大な報酬や株主還元に景気よく支出された。この時、AIGはMBSが一斉に焦付くことなど想定していなかったので、潜在的なリスクと比較すると手元には保険金求償に対する備えなどないも同然だった。
その裏で、ジョン・ポールソンなどサブプライムローン債の危険を嗅ぎ取った一部の投資家はせっせとCDSを買い集めていた。

【サブプライムローン危機】

2007年夏ごろから、住宅価格は夢見ることをやめ始め、価格が一気に2割ほど下落した。サブプライム層は住宅価格が上昇することを想定してローンを組んでいたため、売却による出口戦略が機能不全に陥ったばかりか、金利抑制期間が終わり、所得水準と比較して過大な利払いが突如として牙を剥き出した。
ここで重要なのは、米国では日本と違い、抵当である住宅を手放せばローン返済が免除される仕組みになっている点だ。バブル崩壊により既に住宅価格の価値はローン残高を下回っていた。つまり、理屈の上では踏み倒しを行えば債権・債務のスプレッド分の債務免除益が生じる。もちろん、元利支払いに耐え切れなくなった借り手は家の鍵を開けっ放しにしたまま夜逃げを開始した。ファニー・メイとフレディ・マックはもぬけの殻となった住宅を片っ端から差し押さえていったが、熱から覚めた米国民は、もはや誰もその家を買おうとしなかった。供給過剰となった中古住宅市場は下落幅を広げ、その頃には、両政府系金融機関は大量の売れ残り在庫を抱える不動産業者と化していた。
2社のローン残高に占めるサブプライム債はおよそ10%強と決して高くはなかったが、それでも金額にして6,000億ドルにもなった。この内、いくらが実際に貸倒になるだろう。全容などまだ掴めていなかったが、この時、2社の自己資本は900億ドルに満たないものだった。元利支払いが保証されていると安心しきっていたMBSの購入者は、保証元のバランスシートの脆弱性に気付いてパニックに陥り、慌ててMBSを転売しようと試みたが、住宅と同じでもはやそんな危なっかしい金融商品を買おうとする人間は世界を見渡してもすっかり姿を消していた。

【リーマンショック】

サブプライムローンの貸倒率が閾値を超え、しかも頼りだったはずの政府系金融機関も、CDSという保険も、ともに張子の虎であることが誰の目にも明らかになった時、MBS市場は音を立てて崩壊した。
ファニー・メイ、フレディ・マックは踏み倒しにより水道の蛇口が止まった今、MBS購入者へ元利保証をしなければならないが、その資金がなかった。AIGはCDSの販売元として、デフォルトしたローンを肩代わりしなければならなかったがやはりその資金がなかった。それぞれ、もはや破綻かと思われたが、連邦政府の資金注入によりそれを免れた。救済に際して、政府系金融機関2社は住宅ローンシステムの中核を担っていたこと、AIGはMBSを購入した世界中の投資家のためにもCDSの保険金を支払い続けてもらう必要があったことが考慮された。
一方、大量保有していたMBSの暴落により資金繰りが行き詰ったリーマン・ブラザーズは単なる投資銀行であり、世界の金融システムに深く食い込んでいたわけではないのであっけなく破綻させられた。サブプライムローン問題がトリガーとなった未曾有の金融危機において、リーマン・ブラザーズはマイナーな一登場人物でしかない。しかし、その破綻は象徴的な意味を持つには十分な役割を果たした。少なくとも、金融に疎い素人が金融危機をはっきりと認識したのが当社の破綻がきっかけだったため、この金融事件に「リーマンショック」という名称が与えられたというわけだ。
その他の脇役たちだが、ベア・スターンズはJPモルガンに、ワコビアはウェルズ・ファーゴに、RBSはイギリス政府に救済され、Citiとバンカメ、GEキャピタルは瀕死の重傷を負った。ゴールドマン・サックスもMBSで大きなダメージを受けたが、CDSもかなりの額購入していたため、AIGから多額の保険金を受け取ったことと、バークシャー・ハサウェイに優先株を発行したことで難を乗り切った。一方、CDSを買い集めていたポールソンをはじめとする一部の投資家は、莫大な利益を得て他の投資家の羨望を集めた。AIGからゴールドマンやポールソンに支払われた保険金は、当然のことながら政府の救済資金によるもので、つまりは米国民の血税から出されたものだった。
勘違いしてはならないのは、金融危機による景気後退は、特定の会社の破綻によるものではなく、全世界に張り巡らされたMBSというデリバティブが破裂したことによる信用収縮が原因ということだ。

~教訓として何を得られるか~

一体誰が悪かったのだろう。碌に信用調査もせずローンを貸し付けた金融機関か、身の程をわきまえずにローンを借りた米国民か、その債権に高格付けを与えた格付け会社か、その格付けを盲信して払えるはずのないCDSをばらまいたAIGか、MBSを発明した人物か、それを拡散した政府系金融機関か。しかし、誰か一人が欠けたとしても、違うルートでバブルが発生し、崩壊することは避けられなかったのではないか。MBSも、銀行も、バブルの決定的要因ではなく、その触媒に過ぎなかった。大規模な金融緩和、あるいは金融引き締め、新しい金融商品の大流行、そういう変革が起きるとき、表面をなぞるだけでなく、それに付随して何が起こりうるか想像力を働かせること、それが危機対応能力を向上させる一つの鍵と言えると思う。

4 件のコメント:

  1. 良くまとまっていると思います。
    感心してしまいました。

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    1. ありがとうございます。
      今回は特に広く長く読んでもらいたいと思える出来になりました。

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  2. ちょうど、この件についてレポートをまとめ、当時のブッシュ大統領の政策に対し、より良い代替案はなかったのかを提案しないといけなかったので、大変助かりました、優良な記事、ありがとうございます。

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    1. レポートの助力となれたようで良かったです。
      時間が経っても読まれる記事をと思い書いたものですので、こちらもそう言っていただけるとありがたいです。

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