買収されても生きてます(名前が)

 今を生きる我々にとってはどうでもいいことなのかもしれないけれど、普段目にする大企業の社名は、実は登記上消えてしまった被買収会社のものであることが多い。特に銀行業界においては一時期、格下会社の社名を活かすことが流行っていた。
 ひそかに社名フェチの私が、そんな企業を紹介しよう。



●ウェルズ・ファーゴ
 母体はノーウェスト。
 1998年にノーウェストがウェルズ・ファーゴを買収し、社名も本社機能も格下のウェルズ・ファーゴのものを残した。
 ちなみに旧ウェルズ・ファーゴの創設者は、アメリカン・エキスプレスの創設者でもある。アメックスの創業は1850年であり、もちろん当時はクレジットカードなんて存在せず、運送業者としての開業だった。だから"Express"なんて名前がついている。



●JPモルガン・チェース
 母体はケミカルバンク。文字通り、化学会社の金融子会社だった。
 1996年、ケミカルはチェース・マンハッタンを買収し、社名は格下であるチェース・マンハッタンを採用した。
 さらに2000年、当社はJPモルガンと合併し、JPモルガン・チェースとなった。これにて「マンハッタン」の名は消えたが、チェース・マンハッタンはもともと格上のバンク・オブ・マンハッタンがチェース・ナショナル・バンクを買収して出来た会社だ。
 買収劇では格上であったはずのケミカルも、マンハッタンも、もはや社名からすっかり姿を消している。かくして米国金融界では伝説的な名前であるジョン・ピアポント・モルガンの名前が前面に押し出される形として今に残っている。
 アメリカは歴史が浅く、人種も多様なため、人々に共通の文化土壌がない。そのため、文化ではなく、日本の感覚では比較的最近の人物までいち早く偶像化することで歴史を作り上げている。歴代大統領とか、財閥の創始者は特にそう。ジョージ・ワシントンなんかは首都の名前になっているし、ジェファーソン記念館は国定記念建造物に、リンカーンは車の名前になっている。財界でもアンドリュー・カーネギーやジョン・ロックフェラー、トーマス・メロンなどの偶像化は三菱財閥創始者・岩崎弥太郎の比ではない。
 S&P500にも、創業者名が由来の企業が大量にある。一度、カウントしてみたい。



●バンク・オブ・アメリカ
 ネーションズ・バンクが母体。
 1998年、ネーションズ・バンクがバンク・オブ・アメリカを吸収合併して社名はバンカメを採用した。



●AT&T
 歴史の教科書にも出てくるグラハム・ベルが創業したベル・テレフォン・カンパニーが母体。
 AT&Tは反独占訴訟の流れを受けて1984年に地域会社8社に分離し、本体はNTTコミュニケーションズのような長距離通信事業を残すのみとなった。さらにAT&T本体は2001年にワイヤレス部門もスピンオフした。この時点においてもAT&Tの稼ぎ頭は昔ながらの長距離通信であり、ワイヤレス事業の将来性を見誤ったのだ。
 一方、地域別に分離された8社のうちの一つ、サウスウェスタン・ベルは買収などを通じて着実に巨大化していた。そしてAT&T本体がスピンオフしたワイヤレス部門も買収して携帯電話事業を手中におさめ、2005年にはついにかつての親会社であるAT&T本体を買収するに至る。ネームバリューを重視して、社名はAT&Tのままとした。 
 ちなみにAT&Tは"American Telephone & Telegraph"の略。
 NTTは日本電信電話の直訳である"Nippon Telegraph & Telephone"の略です。



●タイム・ワーナー

 インターネットサービス会社として有名なAOLが主導となり、2000年、タイム・ワーナーとの合併が行われた。その時の社名は「AOLタイム・ワーナー」
 しかしその後、AOL部門の業績悪化によりグループ内での影響力が低下し、2003年には社名からAOLの名前が外された。更に2009年にはAOLは分離されて追い出された。栄枯盛衰を絵に描いたような顛末。
「新旧メディアの融合」というコンセプトは日本でも楽天によるTBS、ライブドアによるニッポン放送(フジテレビ)買収騒動にも引き継がれることになる。



●LDH
 何の会社か? Livedoor Holdingsの略で、ご存じライブドアの現社名だ。
 ホリエモン創業のオン・ザ・エッヂが母体。
 買収とは違うのだが、経営破綻した旧ライブドアから譲り受けたサービス名を新社名に採用し、ライブドアとなった。
 サービス名やブランド名を途中から正式社名に採用する会社というのは他にもたくさんある。
 日本警備保障→セコム。NHNジャパン→LINE。立石電機→オムロン。松下電器産業→パナソニック。EADS→エアバス・グループ。日本衛星放送→WOWOW。ヒューズ・エレクトロニクス→ディレクTV。リサーチ・イン・モーション→ブラックベリー。

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