2015年11月11日水曜日

[ 業界分析 ] 映像コンテンツ業界

これからは映像の時代だって? まさか。申し訳ないが、誰も君の撮った「~を踊ってみた」動画や、GoProカメラの映像なんかに興味はない。まあ、ほんの少し暇な時間が出来たのなら、Youtubeで見てやらないでもない。ただし、絶対に金は払わない。理由は簡単。訓練を受けていない人間の撮った映像は情報密度が薄いからだ。照明やカット割りがお粗末で視聴者の瞳を満足させてくれないし、省略の技法もなってないから3分で済む内容を10分に引き延ばす。現代人はそんなのに付き合ってるほど暇じゃないんだ。

一方で、逆説的だが映像の価値はますます高まるばかりだ。iPhoneやGoProによって猫も杓子もカメラマンになった結果、低質な映像が世に溢れかえり、かえってプロがお金をかけて撮った映像の価値は増した。現代人は暇じゃないと勢いに任せていってみたものの、実際のところはどう考えたって暇人ばかり。みんなどうせ電車内でスマホを忙しそうに眺めていても、やってることと言えばゲーム。世界の成長が鈍化し、猛獣のようなアニマル・スピリットが減退すると、人間は暇になる。暇になると娯楽を求める。
だからそういう暇人たちを喜ばせる娯楽企業は繁栄する。ただ、ミッキーマウスがそこらへんに突っ立っているだけでは娯楽が成立しない。今や娯楽は映像と不可分になっている。照明、カメラ、編集、脚本、美術、演技指導、VFX。刺激に飢えた人々を楽しませるにはこれらの技術を駆使して映像そのものをドレスアップさせる必要がある。そのためには金が必要だ。技術が必要だ。知識が必要だ。ついでに芸術的才能があれば言うことなし。そういうものを生み出せる企業は本当に限られている。戦略不在で未だに赤字から脱却できないソニー・ピクチャーズの体たらくを見るがいい。金があれば儲かるコンテンツが作れるほど甘い世界じゃない。歴史、資金力、人材に乏しい弱小の映画会社やゲーム制作会社はどんどん淘汰され、一握りの大手企業によって寡占化されていく。規制産業でもないのに奇妙なことだが、娯楽産業全般において、映像技術の進化は参入障壁を上げる役割を果たしてしまったのだ。人々はもうどんなに手が込んでいようとも、ファミコン時代のドット絵のような画面に、16mmフィルムの荒い映像に、貴重な時間とお金を費やすことはない。

ためしに、映画産業において製作費と興行収益にどのような関係があるか、ワーナーのデータで確認してみよう。


知っての通り、映画料金は製作費1千万ドルの低予算映画でも、2億ドルの超大作映画でも、同じ金額しか徴収されない。それなのに、製作費と興行収入には見事な相関関係が見られるばかりか、製作費と興行収入の差である利益(グラフにおいては「余剰金」と表現されている)のシェアに至っては、超大作映画に集中している。金と技術を持っている者が全てをさらっていく。ディズニー、フォックス、バイアコムなどのメディア大手は、このように金を生む映画コンテンツを事実上、独占的に製作できる力を持っているだけでなく、傘下のケーブルテレビやテーマパークに再投入することにより、コンテンツを消費財ではなくストック財に変える事業体を構築している。映画の帝国に死角を見出すのは困難だ。

一介の映画狂としては、一握りの企業にコンテンツが支配されるのは多様性の問題から懸念を抱くところではあるのだが、コンテンツの上流における寡占化は不可逆的な流れだと考えた方が良いだろう。そうして私は強大な映画会社を前にして映画狂であることを止め、投資家モードで対峙することになるのであった。

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