2015年11月15日日曜日

欧米企業はなぜ株主還元に積極的なのか

「欧米企業は株主還元に積極的だ」という言説は、単なるイメージではない。事実だ。


通称「伊藤レポート」内にあったこの表を見ると、日本企業の低い株主還元性向は、あらゆる業種において万遍なく確認できる。内部留保に回す行為は、将来の成長原資のためだとか、そういう個別具体的な理由を超えて、日本株式会社のDNAに組み込まれたものだと考えねばなるまい。

日本的な企業観というのは、ステークホルダー資本主義が強く作用しているように思う。
企業は株主のためだけではなく、地域や社会に貢献する使命を帯びている。企業は従業員の拠り所となる。顧客ばかりでなく下請け業者にも感謝される。利益というのはそういう使命を立派に果たした後に自然とついてくるのだと。
別に間違っているとは思わない。素晴らしい考え方とさえ思う。

しかし、そうした観念が重視されてきた結果、株式会社は本来の「利益を生み出す器」という無機的な役割を超え、人格を帯びてくるようになった。人格が認識されると、信念とか、情念とか、数値に落とし込めない抽象的な属性が付与される。
これは自然なことだ。
こういう話を耳にしたことがある。一つの集団を、無作為に赤シャツチームと青シャツチームにわける。それぞれのシャツを着させられた人間は誰に言われるでもなく自然と同じ色でチームを作り、片方に敵対意識を持つようになるのだと。赤とか青とかは本来単なる記号に過ぎないのに、いつしか色は記号的意味を超え、テストの参加者たちの行動を支配した。

日本企業は役割を演じている。欧米企業は役割を演じきっている。その「役割」に対する認識が、大きく違うだけなのだ。
日本企業はあまりにも長い間、株主の存在など必要としていなかった。銀行さえいてくれれば良かった。しかも戦後からずっと、日本企業の成長と日本国の成長はどっちがどっちか区別するのが困難なほど、ほとんど同じ方向を向いていた。配当をしなくても、自社株買いをしなくても、法律で罰せられることは決してない。だから、株主なんてどうでもよかった。
一方、株主資本主義の生みの親、育ての親である欧米企業は、「株式会社とは本来どういう目的で生まれたか」を今も忘れていない。

仕方がない。生まれが違うのだから。必要性がなかったのだから。輸入されたシステムなのだから。誰も文句を言わなかったのだから。
だから私は責めているわけではない。ただ、日本企業が株主利益に無頓着なのが仕方ないことと、私の個人投資家としての投資判断はまた別だ。成長性や収益性で米国企業に引けを取らない日本企業はたくさんあるのに、私のポートフォリオ上位が米国企業ばかりなのは、やはりDNAレベルに刻み込まれた株主施策への信頼感の違いが反映されている。

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