いつか来た道 ~JTのタバコ事業買収戦略~

 JTがレイノルズ・アメリカンから「ナチュラル・アメリカン・スピリット」ブランドの米国外事業を買収した。しかも直近利益の250倍の価格である6,000億円で。買収額はほぼ全額のれんになるだろうから、買収後のB/Sは、総資産5兆円・自己資本2.5兆円に対し、のれん2兆円くらいのバランスになるはずだ。JTはIFRS(国際会計基準)を適用しているので、のれんは償却されず、代わりに毎期減損テストを行ってその健全性をチェックされることになる。JTが想定しているに違いない、買収ブランドの急速な拡販計画が未達に終われば、近い将来、巨額の減損に見舞われるだろう。

 あらゆる市場関係者がこの買収額に困惑している。買収価格算定にまつわるどんな常識を総動員しても、PER250倍での買収が正当化されるとは思えないからだ。JTからも詳細説明はない。だからJT株は大幅にディスカウントされ、株価は暴落した。この顛末を日本企業のお家芸である「高値掴み」と一言で表現して良いのだろうか。

 JTの海外展開を一手に担っているJTインターナショナル(JTI)のベースは、もともと1999年にレイノルズ(当時の社名はRJRナビスコ)から引き継いだものだ。JTIはジュネーブに本社を置き、JT本社とはほとんど別動隊となって海外事業を行っている。JTIの目覚ましい躍進によりJTは欧州やロシア等で知名度とシェアを獲得し、企業価値を上げた。一方、オレオやリッツでお馴染みの菓子会社ナビスコを買収したりして迷走していたレイノルズも、米国内タバコ事業に集中することで、JTへの売却後にS&P500を大幅に上回るリターンを投資家に提供した。ある者が不得意なものが、他の者には得意であることがある。レイノルズは米国外事業の展開が不得手で、JTは国際展開が得意だった。M&Aとは元来そういうものであるはずで、両社の過去の事業売買は、まさにその理想的な成果だったと言える。
 このように、レイノルズの海外事業や2007年の英ギャラハー買収など、JTの仕掛けるM&Aはそのプレミアムの高さゆえに常に当時の市場から「高値掴み」と批判されてきたものの、その後、自らの拡販努力によって一定の成果を上げてきた。

 過去の買収実績や財務政策から考えて、JT経営陣はおそらく馬鹿や怠惰、無能の類ではない。当社が「金のなる木」としてのブランド買収ではなく、多大なシナジーを求めて買収を行ってきたことは買収額やその後の戦略から明らかだ。ならば今回の買収も、「淡い期待」を超える勝算があってのことなのだろうか。それは誰にもわからないし、もしかしたらJT経営陣すらわかっていない可能性すらある。それほどまでに、今回の買収額は過去事例と比較しても法外なのだ。

1999年の買収額 9,400億円
 RJRナビスコの海外70ヶ国で展開するタバコ事業が対象。
 世界3位の販売本数を誇った「ウィンストン」、同5位「キャメル」などのメガブランド含む。

2007年の買収額 1兆8,000億円
 世界5位のタバコ会社ギャラハーの全株式が対象。
 買収額は直近株価に約30%のプレミアムを乗せたもの。
 ギャラハーの営業利益は1,200億円だったので、その15倍の買収額だった。

2015年の買収額 6,000億円
 「ナチュラル・アメリカン・スピリット」の米国外販売権が対象。
 14年度実績は、売上高176億円、税引き後利益21億円。


少なくとも、市場も、私も、この金額で適正なリターンが得られるとは考えていないが、当社がウルトラCを繰り出して投資家をあっと言わせることが出来るのなら、それはM&A史に残る偉業となるだろう。その日をわずかな期待をもって楽しみにしていたい。


bloombergニュースより
「彼らにしか見えない7年後、10年後が見えているのだろうとしか言いようがない」とクレディ・スイス証券の森将司アナリストは話す。「日本企業の中では珍しく、着実に買って着実に収益に貢献させてきたので、過去を見れば期待してもよいかもしれない」と述べた。

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