日経新聞によるFT買収の特殊性

「金に糸目は付けない。なぜなら我々は損得を超越した立場にある」

 日本経済新聞社がフィナンシャル・タイムズを8億4400万ポンド(約1600億円)で買収することとなった。この金額はFTの年間営業利益の35倍に相当する。随分と羽振りのいい話だ。
日経新聞社の財務諸表はどうなっているのだろう。

2014年度 連結財務諸表抜粋
 売上高3,006億円
 営業利益167億円
 当期純利益102億円
 

 総資産4,669億円
 自己資本2,935億円(自己資本比率63%)
 有利子負債68億円に対し、

 現預金1,029億円、保有有価証券671億円

 財務はピカピカで、買収資金は多額の借り入れに頼らず工面できそうだ。だからといって、普通の企業であればこんな高値で買収を行えば経営陣の首が飛ぶ。しかし、通常の経済原則からしてあり得ない買収が実行されたからといって驚く必要はない。何しろ、日経新聞社は普通の企業ではなく、この買収で実質的に損する人間はいないのだから。

 当社は非上場で、「外部の圧力排除に不可欠」との理由で株主は役員・社員・OBらだけで構成されている。株式には譲渡制限があり、第三者への売却は出来ない。また購入も譲渡も一律1株100円で行われる。そんなわけで、株主の出資金を示す資本金はわずか25億円(25百万株×100円)しかなく、3千億円にも上る自己資本のほとんどは、これまでの利益の蓄積である利益剰余金2,826億円による。社員株主は自分の持ち分であるはずのこの3千億円の現金還元を求めない。その代り、配当性向にしてわずか3%に相当する年間3億円程度の配当金を受け取って満足する。
 ただ、これを少ないと侮るのは早計だ。発行済み株式総数は25百万株しかなく、1株当たりの配当金額は15円。社員株主は1株100円で購入しているので、配当利回りは何と15%にもなる。実質無リスクで2桁のインカムゲインを享受できるのだから、社員にとって自社株購入は優れた福利厚生だろう。
 非上場の従業員持株会でよく見られる特徴ではあるが、日経新聞社もご多分に漏れず、こういう株式投資の原則からかけ離れた閉鎖的な世界で疑似株式会社を演じている。リスクとリターンのアンバランスから考えて、社員株主たちに株式投資をしているという感覚はない。こういう特殊な株主によって構成される企業による買収というのが、今回のお話の特殊性だ。高値掴みをして株主の資産が流出しても、どちらにせよ株主には還元されなかったはずのものだ。狭義の意味において損する人間がいないというのはこういう理由による。だから、こういった浪費が許される。FTの親会社であるピアソンの株主は最大の勝者だろう。

 一流紙であるFTの記者たちが日経の金の使い方について馬鹿げているとの見解を持ったとしたら、日経新聞による買収後の経営コントロールはきっと難航する。幸運を祈りたい。


<参考資料>

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