2015年7月22日水曜日

そう、もしもの話

まずはもしもじゃない、現実の話から始めよう。

私の資産はまだ1億円にも満たず、どんな小さな上場企業の株も、経営の意思決定に関与できるほどの数を保有することは出来ない。

だから、保有現預金や土地資産が時価総額を上回っているようなネットネット株は買わない。財務諸表を見れば手の届きそうな気がするその現預金を銀行から引き出す権限は、永久に私に巡ってこないのだから。

もしもの話、有り余る資金があって、敵対的買収に対する世論の反感を無視できる地位にあれば、今のような銘柄選択方法は捨て去って、ネットネット株を買い漁るだろう。

具体的にはこんな方法を採る。
大量保有報告書の基準に引っかからないよう、5%未満の比率で複数のネットネット株を買い集め、その後、順番にTOBを仕掛けていく。
事前に購入していた対象企業の5%持ち分はTOB価格に鞘寄せされて評価が上がるし、私があらゆるネットネット株を標的にしていると市場にシグナリングすることで、まだTOBを仕掛けていない他の銘柄も連想買いで解散価値まで上昇する。それにより、密かに買い集めていた5%未満株の評価額が上昇するのでそこで売却する。連想買いが起こらなかった企業については、通常シナリオ通り、TOBを仕掛けて支配権を握る。その後は換金性のある流動資産を処分して、二束三文でファンドなり他の株主に売りつける。

何だか、村上ファンドっぽい。
村上ファンドの銘柄選定基準は今現在の私の投資思想とかけ離れているが、企業の意思決定をコントロールできる資金力があれば、将来利益ではなく、今現在の解散価値に着目した投資が最適解となり得る。

ただ、ここまでエゲツナイことをやれば、きっと相場操縦だとかインサイダーだとかの容疑を着せられ、刑務所に放り込まれてしまうかもしれない。
その前に、自分の投資家としてのプライドがネットネット株の買い占めという行為を許すかという問題がある。私は投資家として二流なので、どこか理想に殉じる潔癖主義なところがある。

そう、無意味でありえない、ただの妄想のお話。


もしもの話、今の会社であれ、別の会社であれ、将来私が社長になったら、すべての有価証券を売り、全額を自らが経営する会社に集中投資するだろう。
自分の社長としての経営能力を過信しているわけではない。株主から経営を委任される以上、自分の利益と株主の利益を最大限一致させる、それが株主に対する誠意と考えるからだ。繰り返しになるが、理想に殉じるというのは、投資家として完全に二流だ。一流の投資家はもっとしなやかで、変節する。私は理想を貫くことが素晴らしいとか、美しいとかは全然思わない。できれば、もっと柔軟でありたいと本気で願っている。
この「もしも」は、先ほどの「もしも」よりは有り得なくはないので、理想を捨て去る図太い神経を養う必要を強く感じている。

3 件のコメント:

  1. 二流を貫ければ、二流の中では一流なんですけどね。

    一流の中の二流より、二流の中の一流の方が程度は高いでしょう。きっと。

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    1. これに関しては本当に自分の中で折り合いがつかない問題なのです。
      といっても、哲学者宜しくそのことで思い悩むことなど一切ないのですが。

      自分がどのような程度の投資家であるかは意識せず、振る舞いたいように振る舞う。それがとりあえずの答えとなっています。
      ブログをやっていて一番恐ろしいのは、自分の考えによって自ら行動を制約してしまうことなのではないかと、最近特に思うようになりました。

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    2. ブログを書くことを通じて、自分の考えの整理がされ、そのこと自体によって柔軟性がなくなっていく。
      良く分かります。

      自分のなりたい投資家像を模索していく過程では、無意識レベルでの考えを意識してまとめる必要がありますので、ブログに自分の考えをつづるのは有意義な手法だと思います。自分で制限しないように意識すればより良くなるのではないでしょうか。

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