ウーバーなどの配車サービスは破壊的イノベーションか



 『イノベーションのジレンマ』を記したクレイトン・クリステンセンの定義を正確に適用するのなら、表題について議論の余地はない。破壊的イノベーションとは、従来製品より性能を低下させるが、新しい異なる価値基準の下ではいくつかの優れた特徴を持ち、しかも非常に低価格で提供される技術のことを指す。
 典型的な例として、スマートフォンがデジタルカメラに及ぼした影響が挙げられる。デジカメはピクセル数を中心とする画質改善に注力し、消費者に価値を訴えてきた。しかしその状況はカメラを搭載したスマホの登場で一変する。初期のスマホのカメラ画質は本格的なデジカメと比べるとお粗末なものとしか言いようがなかったが、インターネットとシームレスに繋がっていた。もともとメーカーが喧伝するほど画質に対する価値を見出していなかった一部の消費者はすぐさまカメラはスマホの一機能としてあれば十分であると飛びつき、その後、SNSがネットの中心的存在になると、そこにスムーズにアクセスできないカメラ専用端末の衰退は決定的となった。従来製品より性能を低下させる(画質の低下)が、新しい異なる価値基準の下ではいくつかの優れた特徴を持ち(SNSへシームレスにアクセス可能)、非常に低価格で提供される(スマホの一機能として提供されるため感覚的には無料)。
 この基準において、ウーバーは消費者的観点からみて破壊的イノベーションに該当しない。指一本で呼び寄せキャッシュレスで乗車可能なアプリ配車サービスは従来のタクシーと比べて性能が低下するどころか便利になっており、価格はタクシーと同等だ。従来サービスを使い勝手よく改善する持続的イノベーションに属する類のサービスと言えるだろう。
 通常であれば従来の価値観の延長線上で勝負する持続的イノベーション戦略は、その価値観に基づいたサービスに最適化された開発リソースを豊富に有する大企業に利するものである。にもかかわらず、ウーバーやリフト、中国の滴滴が短期間に急成長できたのは、おそらくタクシー業界の細分化されたシェアと保護規制に理由があったのではないか。持続的イノベーションを強力に推進できるほどの規模を持ったリーダー企業が存在せず、しかも規制により新規参入が制限されているため、そもそも顧客目線になるインセンティブにも乏しかった。つまりタクシー業界を襲っている混乱は配車サービスが破壊的だからではなく、同業界が今
まで怠惰だったことのツケを払わされているだけに過ぎないというのが私の見立てだ。

 タクシー業界と配車サービス会社は、持っている武器(テクノロジーとドライバーの獲得方法)こそ違えど、
今もなお「乗客を車に乗せて目的地へ運ぶ」という同じルールの下で戦っている。その事実が投資家としての私を配車サービス株から遠ざけている。
 タクシー会社がいつまでも規制にあぐらをかいて無能なままでいるだろうか。勿論その可能性はある。しかし様々なタクシーをスマホで呼び出せる統一プラットフォームを作る企業が現れそこに各社が参加したとしたら、一体消費者としてはウーバーと何が違うのかという話になる。テクノロジー面の差異が消失しても、「誰でもドライバーになれる」という点が両者の相違として残り続けるが、ドライバーの供給量はボトルネックではない以上、競争優位性にどの程度影響するか不明だ。いずれにせよ持続的イノベーションのフィールドで勝負をし続けるのなら、配車サービス各社の黒字化には長く辛い道のりが待っているはずだ。破壊的イノベーションへの転機が訪れるとしたら自動運転が実用化されるときになると思うが、技術的に相当ハードルの高い完全自動運転技術の確立を今の段階から期待して投資するというのもあまり賢明とは思えない。


冒頭画像
『ライク・サムワン・イン・ラブ』アッバス・キアロスタミ

コメント