ホテルチェーンのビジネスモデル ー規格が産み出す魔力ー


 世界最大のホテルチェーン、マリオット・インターナショナルは、1927年にJ・ウィラードとアリスのマリオット夫妻によって設立された。居酒屋や機内食事業などを経てホテル事業へ進出したのは1957年になってのことだった。

 当時のホテル業界の潮流がそうであったように、最初は自社による開発と運営がなされた。顧客を満足させるサービスを規格化し、従業員を教育した。事業が好調になり始めると、こうした企業が直面する普遍的な問題にぶつかる。次のホテルを建設するためには資金が足りないのだ。マリオットはホテル新設のために既存のホテルを売却し、その代わり運営ノウハウを継続的に提供することの見返りとして売上高に対して一定のフィーを徴収することにした。ホテル業界に新たなビジネスモデルが誕生した瞬間である。
 考えてみれば、顧客が国際ブランドホテルに求めるものは、シティ・ホテルやモーテルに対するそれとは明らかに異なっている。そこで提供される価値は「サービス」というような安っぽいものではなく、「ホスピタリティ」でなければならない。つまりブランドホテルの価値の本質はソフトウェアにあるということができるだろう。一流の建築士に綺麗な建物を設計してもらえば一流のホテルが出来上がるということは決してない。ノウハウ提供で儲けるという発想は、ホテルチェーン経営にとって非常に相性が良かった。また、規模拡大に現金が必要なくなるという重要なメリットも生まれた。ホテルチェーンに債務超過企業が多いのは決して偶然ではない。

 さて、売られているノウハウとは具体的にどのようなものだろう。フランチャイジーは契約により主に以下のメリットを享受できる。

・ブランド名
・従業員教育プログラム
・収益アップのノウハウ
・チェーン全体の購買力
・マーケティングキャンペーン(広告やリワード・プログラム)
・予約ネットワーク

 どれもこれもホテル経営者にとっては不可欠なものだと言える。高級ホテルを建設するのには数百億円かかるというのに、これらを自力で構築して無様に失敗するリスクを背負いたい経営者など存在するわけがない。そして提供しているこれらの特典は、ホテルチェーン業界全体にもう一つの特徴を付与した。規模の経済だ。
 マリオット・インターナショナルが展開するブランドには、ザ・リッツ・カールトン、コートヤード、シェラトンなど様々なものがある。これらはマリオットが一から立ち上げたブランドではなく、買収によって獲得してきた。競合のヒルトンやウィンダム、インターコンチネンタルなどを見てもそれは変わらない。大手チェーンはみな買収によって巨大化した。
 もちろん、買収による寡占化は珍しくもない戦略ではある。しかしホテルチェーンにとっての買収は、規模の経済によるシナジー効果がコストダウンだけにとどまらず、顧客増加にも繋がるという他の業界ではあまり見られない明らかな特徴を備えている。その効果に貢献している最大の要素は、被買収企業が買収企業のリワード・プログラムと予約ネットワークに組み入れられることだ。

 私がザ・リッツカールトンの常連顧客としよう。常連なのでもちろんマリオット・グループのリワード・プログラムに加入している。ホテルに泊まるごとに様々な特典が付与されるし、リワード会員になることでマリオット・グループへのロイヤルティも高まっている私は、基本的に海外旅行の宿泊もヒルトン・グループなどへは浮気しない。ある夏休み、バンコクで羽を伸ばすことにした。リゾートの目的地付近にはザ・リッツカールトンは残念ながらなかったが、マリオットの予約ネットワークでシェラトンが出てきた。なぜ? マリオットがスターウッドを買収して、シェラトンもリワードに組み込まれるようになったからだ! そんなわけで、私はスターウッドが買収される前なら決して泊まらなかったであろうシェラトンを予約する。
 同様のネットワーク効果は航空会社のアライアンス(スカイチームやワンワールドなど)でも顕著に確認できる。だからこそJALが破綻した際、ワンワールドからの脱退を防ぐためにアメリカン航空が資金援助さえ申し出て救おうとしたのだ。

 成長機会という視点から見たホテルチェーンはどうか。北米は既に大手ブランドによって寡占化されているので大きな成長機会はないと考えられる。一方、北米以外の地域では様々なホテルブランドが乱立して群雄割拠の様相を呈している。裏を返せば、各国地場企業のホテル運営ノウハウはガラパゴス化しており、世界展開できる規格化が完成している企業はほとんどないとも言える。移動手段の発達と中間層人口の増大で、マリオットをはじめとする規格化され、洗練されたイメージを持つブランドがガラパゴスを駆逐していき、シェアを拡大する流れは想像に難くない。スピードは緩やかだろうが、アクセス可能な市場規模は膨大と考えている。したがって、私はホテルチェーン株の長期展望に強気だ。



冒頭画像
『暗殺の森』 ベルナルド・ベルトルッチ


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