ヘルスケア太郎に、俺はなる
「おーい、ヘルスケア太郎。」
最初は誰のことかわからなかった。
「聞いてんのかよ、ヘルスケア太郎!」
田中くんが僕の肩を掴みながら言った。そうか、僕のことか。
「聞いたぜ。お前、ヘルスケア株をたくさん持ってて、暴落に巻き込まれたんだって。半泣きで登校するんじゃないかって心配してたんだぜ。」
やれやれ、舐められたものだ。しかし僕は「昨日は涙をこらえるのに必死だったよ」と答えた。「これから医療保険株を少しずつ買い増すことを検討しているから、確かに僕はヘルスケア太郎だ。」
「うおおおお、すげぇじゃん!」
聞き耳を立てていたクラス中が湧き立った。
数日もするとヘルスケア太郎が省略されて、ヘルス太郎という呼び名が定着した。
「ねえねえ、ヘルス太郎くん。昨日もUNHが6%下がったね。買い増す? 買い増す?」
「いや、買い増すじゃなく、もう買い増した。ちょうどお小遣いが出たから、お菓子を買うのを我慢してUNHを買った。」
「素敵☆」
「ヘルス太郎。お前ヘルスケア株を買い増してるんだって先生聞いたぞ。HCAはまた下がったが、やっぱり買ったのか?」
「買いましたよ、先生。画面の購入ボタンをクリックするだけです。簡単なことです。」
「アンダーパフォームを恐れない姿勢は感心するが、買い増すために悪いことはするなよ。ご両親が悲しむからな。」
みんなが僕を羨望の眼差しで見つめる理由は分かっている。
人間誰しも保有株が暴落すれば、くそがあああああああああああ、と叫んでトイレに駆け込みたくなるものだ。しかしそれは進歩的な行為と呼べない。真の創造性とは、ヘルスケアのような株価の下がった不人気優良株を無感情で買い付ける超人的な振る舞いから生まれるものなのだ。さもなくば市場にクソダサいというレッテルを貼られ、生涯アンダーパフォームの生き恥を晒す羽目になる。
そのような主旨のことを僕はブログに書き始めた。天から授かった才能を持つ者として、この叡智を後世に残さなくてはならないという使命感に駆られてのことだった。
「ヘルスケア太郎です」で始まり「バイなら」で終わる軽快なエントリーの数々はたちまち読者の心を鷲掴みにし、僕は米国株界隈のトップブロガーに躍り出た。
これは医療保険株暴落をきっかけとして時代の寵児となった男の数奇な運命を描いた物語である。
冒頭画像
『イースタン・プロミス』デビッド・クローネンバーグ
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へえ、あんたも太郎っていうんだ
返信削除HCAは病院なのに保険の制度が変わる事で大きな影響あるんですかね?
返信削除ヘルスケア太郎君、ご存知でしたら教えて下さい。
政府運営の保険制度の方が診療報酬に対する値引き要求が厳しくなることが懸念されているみたいですね。民間医療保険はPBMを使って薬価抑制にはかなり貢献してきましたが、医療報酬はそうでもないとみなされているのかもしれません。
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