債務超過企業の魅力 -前編-


 借入金と株主資本はともに企業価値(Enterprise Value; EV)を構成するので、資本構成は企業価値に影響を与えないという考え方がある。一つ一つの意見をつぶさに読み込んだわけではないので断言しかねるのだが、この主張の根拠についてはおおよそ想像がつく。
「負債コストと株主資本コストを比較すると、一般的には確かに株主資本コストの方が高い。ということは、資本構成をコストの低い負債依存型にすれば加重平均資本コスト(WACC)は低くなり、それは将来利益の割引現在価値を増加させるのではないかとお前は考えているのだろう。まったくイタチより頭が悪いな君は。負債依存が高まるということは、銀行にとっては企業の破たん懸念が増し、投資家にとっては財務レバレッジの高まりによって収益のボラティリティが増すことを意味する。これが引き起こす結果は明らかだと思うがね。すなわち、借入金利が上昇し、同時に株主資本コストも上昇する(これはPERの低下によって表れる)。結果としてWACCはそう変わらないのさ。」

 発言者の性格の悪さは横に置くと、この見解は一面の真実を捉えているとは思う。一方で、私にはその見解に対して二つの意見がある。
 一つは半ば揚げ足取りのようなもので、負債比率を増加させてもWACCが教科書通り下がるパターンは確実にあるということを指摘したい。それぞれの企業には成長ステージや営む事業のキャッシュ生成力に見合って、最適資本構成とでも言うべき負債/自己資本の黄金比が存在している。例えば成熟したキャッシュカウにとって著しく高い自己資本比率は不必要なので、負債によって自社株買いを行い、資本構成をある程度まで負債依存型にしてやれば、負債コストも株主資本コストも上昇することなく、投下資本を割安な負債に入れ替えることでWACCが低下し、時価総額が増加するはずだ。

 そして二つ目の意見(反論ではない。なぜならここで論点が少しずれることになるから)が今回の本題となる。
 確かに資本構成の変化自体が企業価値に影響を及ぼすシチュエーションは、当該企業がそれ以前に最適資本構成から著しく乖離した負債/資本比率を維持していた場合に限られる。だが、資本構成の「変化」自体が企業価値に影響を及ぼさないとしても、資本構成の「差」は企業価値に大きく影響する。言葉遊びに聞こえないよう、これから具体的に説明する。

 資本構成の「変化」とは、ある企業が資本構成を変えることだ。今まで
話してきたのは「変化」についてのことだった。
 資本構成の「差」とは、A社とB社の資本構成が違うという意味で使用している。
 ここにある二つの企業、A社は無借金経営で、B社は債務超過状態だ。そしてA社もB社も自己資本と負債を合算した投下資本は同じとする。つまり、簿価ベースのEnterprise Valueは等しい。B社は債務超過とはいっても、毎年の利益とキャッシュフローは安定している。
 この条件だけで、あなたはどちらのEnterprise Value(株主資本を簿価ではなく時価総額にした場合)が高いと思うだろうか。
 あなたはまだ両社の損益状況について具体的な情報を提示されていない。したがって想像する。

   想像の手順は、まず「なぜA社の自己資本比率は高くなければならないのか。なぜB社は債務超過状態でやっていけるのだろうか」という資本構成に対する考察から始められなければならない。
 A社の自己資本比率が高い理由。まず一つ、A社はそれだけの資本を積み上げられるほどにはプロフィタブルな事業を営んでいることが想像できる。一方、おそらく利益のブレは大きいのだと思われる。固定比率が高いから収益のちょっとした増減でボトムラインが大きく動いたり、大規模な装置産業型の事業のため定期的に巨額の減損が発生してしまうのかもしれない。厚めの自己資本はそうした損失に備えるためのバッファーだ。
 B社が債務超過の理由。キャッシュフローが問題なく回っていることは既に述べた。だとすると、債務超過はB社自らが選択した状況と考えられる。キャッシュフロー計算書に目をやれば、当年度の利益以上に配当や自社株買いを行ってきた軌跡が確認できるはずだ。

 「株主還元に積極的だからB社のEVが高い!」 ここでそんな回答をするのはあまりにも表面的すぎる。
 私もB社の方がEVが高いと思うが、その本質は、B社の事業が万が一のためのバッファー、あるいは待機資金を必要としない優れたものであるというところに尽きる。
 A社には巨大なテールリスクがある(と思われる)ため、厚めの自己資本を確保しておかなければならなかった。この資本はもしもの時のためなので、会社としてもリスク資産に再投資されてはならない。すなわち、せっかく稼いだ利益の一部は株主還元にも回されず、事業再投資にも回されず、文字通り待機資金となって資本効率が悪化せざるを得ない。これは稼いだ利益の価値を毀損するため、PERが低く据え置かれる要因になる。
 攻めた資本構成がテールリスクが無視できる程度であることを反映したB社の状態はこの反対だ。稼いだ利益は全て株主へ還元されるか、全てリスク資産へ再投資できる。これは稼いだ利益をフルに活用できることを意味するため、A社に比べてPERが高く評価される要因になる。
 だからB社のEVの方が高いと考えるのだ。
 A社も事業の内容が変わらないまま負債依存型の資本構成に移行してもWACCが必ずしも下がらないためEVが上がることはないが、テールリスクの縮小に伴い負債依存型へ舵を切るのなら、きっとEVは上がるだろう。

 自己資本にバッファーを持つ必要がない(つまり債務超過でも構わない)企業が持つ強みについてはまだ語り足りない。債務超過企業は単位当たりの再投資効率が悪くても、株主価値創造に関して高再投資効率企業に勝ることさえある。次回の記事でそれを数値で表してみたい。


冒頭画像
『子連れ狼 三途の川の乳母車』三隅 研次



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