2015年12月2日水曜日

面倒くさがりな人たち

面倒くさがり投資家を自認する私ではあるが、世の中の大半の人たちはお金に関して私よりはるかに面倒くさがりであることを知っている。
面倒くさがり界においても私は劣等生だ。

では、優等生とはどんな人たちか。

会社にカフェテリア・ポイントなる福利厚生制度がある。医療費や育児用品の購入に対し、年間1~2万円の会社補助が支給される仕組みなのだが、我が社労働組合の統計データによると、従業員の利用率は7割程度に留まっている模様だ。補助金支給を受けるためには専用サイトにログインして、領収書を添付し、総務部門へ申請書を提出しなければならない。身近にいる制度未利用者に話を聞くと、サイトへのログインIDとパスワードを忘れたし、どんなサービスの購入に対して補助が出るのかよくわからない、調べるのも「面倒くさい」ので何年間も利用していないとのこと。

時給換算すれば割のいい制度だとしても、たかが1,2万円の話だ、面倒くさい気持ちもわからなくはない。しかし、この程度の労力を面倒くさがる人々は、往々にして貯蓄に関するあらゆる労力を面倒くさがる傾向にある。
会社の福利厚生制度すら面倒なくらいだから、ふるさと納税なんて当然活用しない。
保険外交員の勧められるままに保険に入っているが、本当に必要かどうかは「面倒くさい」ので考えたことがない。そもそも、自分が入っている保険の概要すらあまり理解していない。
普通の会社員レベルの話であれば、金を貯めるというのは収入の多寡より日々の習慣に強く依存する。無駄な固定費支出はないか、外食の頻度は適切か、大きな買い物では価格比較を徹底するか。特に固定費は一度削減すれば永続的に効果を享受できるので、存分に労力をかけるべきものだ。
しかし面倒くさがりも度が過ぎると、入り口段階で考えることを面倒くさがってしまい、無駄なカネを日々、浪費していくことになる。

たまに、面倒くさがりな人から株式投資についての相談を受ける。もちろん、誰であっても無責任にお金に関するアドバイスをすることなどないのだが(いや、実際には私は弟の金を運用しているのだった)、浪費に関する助言は例外としている。浪費は浪費であり、解釈の違いは生じえないと考えているからだ。だから、面倒くさがり屋さんに対して、私は株式投資を考える前に日々の支出を洗い直してみて、明日からでも浪費をストップすることを優先すべきだと伝えている。
そんな時、最初のターゲットはやはり保険だ。一時期AFLAC株を保有していたものの基本的に私は保険を忌み嫌っており、いかに被保険者が保険会社に搾取されているかについてつい熱が入った説明をしてしまうのだが、私の話を聞いて実際に保険を解約したという話は聞いたことがない。
私の伝え方に問題があるのか、その人の面倒くさがり度が想像を超えているのか、私には知る由もない。そうして私はお金の相談に対してどんどん無口になっていく。しかし、これが大人になるということなのだとしたら、悪くはない。

参考投稿
紋切型辞典 〜マネーリテラシー〜

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