2015年12月16日水曜日

そういや100回かい

どういう因果か、決して投資が趣味ではない僕の投資ブログが100回目の更新を迎えた。
続くと思ってなかったのに、一応続いてる。まずは自分に拍手してみようか(パチパチパチ)
そして自ブログでここを紹介してくださったMEANINGさんに感謝の念を抱いている。僕は虚無に向かって長時間つぶやき続けることが出来るほど気長ではないので、紹介によるアクセス流入がなければ、多分、100回すら続いていなかったから。

ただ、一つ不本意なことがあって、その状態は今も継続している。不本意の正体は僕の文体に起因する。うすぼんやりした記憶を辿れば、2015年3月時点、つまりこのブログを開始した時、僕はここを投資情報や投資知識を陳列するだけの単なる投資ブログにはしたくないというささやかな野心を持っていた気がする。僕のテキストの力で他の投資ブログと差別化したいと考えていた。投資と聞いて想像する小難しさや堅さとは無縁の、しなやかで柔らかい文章によって、豊かな文章体験をも提供する。画期的な試みだ。そして僕にはそれが出来ると思っていた。

結果は無残なものだ。僕は投稿した後に自分の文章をよく読み返す(逆に推敲はあまりしない)。すると、当初の目論見とは異なる堅い文体によって埋め尽くされていることに気付かざるを得ない。効率的ではあるかもしれないけど、そこにある文章たちはウォールストリート・ジャーナル的なものに汚染されすぎていた。そしてその文体は僕の考えを実態よりもやや偏っていて攻撃的なものに見せることにさえ貢献していた。複雑なものを単純化しすぎていて、投資の世界に広がる豊かな多様性を封じ込めている印象を、どうしても拭いきれない。2015年3月の僕は、自分の能力をやや過大評価していたようだ。
一連の「息抜き投稿」は、この事態に対する自己反発から始まった。しかし、その試みもブログ全体の方向性に大きな変化をもたらさなかった。
ここにきてようやく、当初僕の目指していた文体と投資に関する投稿は、とても親和性が低いことに気付くに至る。残念なことだが、僕が投資ブログで発信したい情報と、実現したい文章の手触りは、僕の努力や能力とは無関係に共存困難のようだ。だから、今回の投稿は「反省を活かして次回に繋げる!」という前向きなものとは一切無縁の立ち位置から書かれているただの述懐にすぎない。次の100回があるとしても、そこには同じ感触の文章が相も変わらず陳列されているだろう。

まあ、あまり気にせず適当に200回の更新を目指します。そういうことが言いたかった。

2 件のコメント:

  1. 書き込み遅くなってしまいましたが、100回目投稿お疲れ様でした。
    ブログ始めてからの期間を考えると、決して少なくないアクセス数です。
    決して柔らかくない文体の、真面目なような不真面目なような、取り留めのないようでしっかりとした考えがある、文章だらけで敷居の高い、このブログを楽しみにしている読者がそれだけ多いことを表していると思います。

    僕もその読者の一人です。

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    1. 私のブログスタイルが双方向コミュニケーションに適さないことは自覚しつつ、一方的に呟き続けることに一抹の寂しさを覚えてきました。
      そんな毎日にあって、たまに頂けるコメントや地味ながらも回るアクセスカウントが継続の原動力となってきましたので、当ブログはMEANINGさんに多大な恩があるのです。この場を借りて感謝申し上げます。
      更新頻度はやや落とそうと考えていますが、これからも地道に継続していきますので、陰ながら見守っていてくださればと思います。

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