不確実性が減退する世界 -正当化される高PER-
一部市場の株価指標が過去最高値を更新し続けている。しかもPERの上昇がその最大の要因であるときたら、マーケットの熱狂を心配し、近いうちに市場に冷や水を浴びせられるのではないかと考えるのも至極当然のことだろう。
翻って私は市場の変調には何の注意も払わずに、毎月の給与をせっせと株式購入に充てている。
「株価なんてどうせ予測ができないから」という決め台詞で逃げることはよそうと思う。だから踏み込んでこう言おう。「株価が急落して低いバリュエーションに戻る」とはほとんど思っていないから仕方なく株式を購入し続けているという方がより正確に私の考えを表している。つまり、私は株価の予測をするという暴挙に及んでいる。
さて、私は近頃の先進国市場におけるPER高騰を投資家の熱狂によるものではなく、理論的背景を伴った合理的なものであると認識している。
一般的に、PERの高騰が正当化されるのは次の4つの場合だけだ。
① 取引コスト(手数料、税金)が下がる時
② 企業業績の将来成長率が上方修正される時
③ 金利(リスクフリー・レート)が下がる時
④ リスク・プレミアムが縮小する時
①から順に見ていこう。投資家にとって手数料や配当・譲渡益課税などの取引コストは確実なマイナスリターンとして牙を剝く。これらのコストが下がればその分だけバリュエーションを高く設定しても報われやすくなる。しかし手数料の引き下げは今に始まったことではないし、この理由を以って今進行しつつある高PER化を正当化するのは無理がある。
次に②だ。多くの個人投資家は利益成長率を基準としてPERの高低を判断しているし、私も通常はそのように株式購入を検討している。「高成長なら高PERで当然でしょ」という感じに。だが今回は個別銘柄ではなく市場全体のPERの妥当性を検証しようとしており、私は世界経済や企業業績全体の方向性を予測する意思はない。そして世の投資家たちもトランプ政権下で企業成長が加速すると本気で信じているわけではあるまい。よって私が述べた「理論的背景」は、②の将来成長率に関連するものではない。
最後に③と④だが、これについては本題に入る前に基礎的な補足をしておきたい。PERとは株価が年間利益の何倍かを表すものであり、その逆数は株式益回りだ。PER20倍の株式益回りは1/20で5%であり、これはその企業収益がゼロ成長であれば投資家は5%の利回りを期待できることを意味している。株式益回りを期待リターンと言い換えてもいい。そして期待リターンの構成内容は、リスクフリー・レートとリスク・プレミアムだ。
期待リターン = リスクフリー・レート + リスク・プレミアム
PERが上がるということは、その逆数である期待リターンが下がることを意味する。この事実と上記等式により、③と④の意味がお分かりいただけることと思う。A=B+Cなら、Aが下がるにはBかC、もしくはその両方が下がる必要がある。
③については現状に当てはまらない。先進国の名目金利は今、徐々に上がっている局面だからだ。
残るは④。そうだ、私はPER上昇はリスク・プレミアムの縮小を背景とするものであり、それは完全に理にかなっていると考えている。
異論ある人もあろうが、投資におけるリスクとは標準偏差、つまるところ企業業績の振れ幅の大きさだ。大きく振れる企業業績は投資家の期待利回りを不安定にするので、安全域を確保するために投資家は株価により多くのリスク・プレミアムをつける。リスク・プレミアムをつけるというのは、予想される利益に対して大きなディスカウントを要求するということを意味する。では、私はなぜリスク・プレミアムの縮小が理にかなっていると思うのか。理由はほぼ上で述べているに等しい。企業業績の振れ幅がこれからますます小さくなり、投資家もそのことに気づき始めているからだ。業績の振れ幅が小さくなるというのは、要するに景気の波が小さくなると言っている。
景気循環はなぜ起こるのだろうか。大きな要因として設備投資サイクルがある。例えば新興国が成長して建設ラッシュが起き、建築素材が不足する。需要にこたえるため製鉄会社は大きな工場を建てる。ビルが売れ不動産会社や建築会社が儲かり、製鉄会社が儲かり、その工場を作ったエンジニアリング会社、鉄鋼材料と完成品を運んだ海運会社、造船会社、その他膨大な周辺産業も同じく儲かる。好景気が到来する。しかし消耗材ではないビルは一度土地に根を生やしたら数十年は建て替えられない。製鉄会社の工場はオーバーキャパシティとなる。海運会社も運ぶものがなくなる。そして業績が悪化して社員の給与が減る。交際費も減ってネオン街の所得にも打撃を与える。不景気が到来する。全てはビルや工場建設などの設備投資のロットが大きいために引き起こされている。
しかし今や重厚長大型産業の経済全体に与える影響はかつてとは比べようもないほど小さくなり、大手を振っているのはITやサービス業だ。これらはそもそも設備投資がほとんど必要ないか、ロット当たりの投資が少ないか、クラウドサービスのように使用した期間に応じた料金だけ支払うサブスクリプション方式の投資が多い。大型投資が必要な産業の存在感縮小と、非設備投資型産業の興隆、サブスクリプション型投資の浸透による投資額の平準化により、大規模な景気循環は過去の遺物と化す可能性に私は思いを馳せている。
景気循環が小幅なものになることにより、投資家は企業業績を予測しやすくなり、これまで要求していたリスク・プレミアムを縮小させる。
「不確実性が減退する世界」
このような世界が投資家にとって良いことなのかどうかは私は知らない。単に不確実性が減退するだけならともかく、リスク・プレミアムという他人の恐怖がもたらす果実まで同時になくなってしまうのなら、株式の債券化が進行することと同義だ。恐怖を操縦することに自信を持っている投資家なら、大恐慌によって不確実性の高まりによるリスク・プレミアム拡大を切に願うべきだろう。
翻って私は市場の変調には何の注意も払わずに、毎月の給与をせっせと株式購入に充てている。
「株価なんてどうせ予測ができないから」という決め台詞で逃げることはよそうと思う。だから踏み込んでこう言おう。「株価が急落して低いバリュエーションに戻る」とはほとんど思っていないから仕方なく株式を購入し続けているという方がより正確に私の考えを表している。つまり、私は株価の予測をするという暴挙に及んでいる。
さて、私は近頃の先進国市場におけるPER高騰を投資家の熱狂によるものではなく、理論的背景を伴った合理的なものであると認識している。
一般的に、PERの高騰が正当化されるのは次の4つの場合だけだ。
① 取引コスト(手数料、税金)が下がる時
② 企業業績の将来成長率が上方修正される時
③ 金利(リスクフリー・レート)が下がる時
④ リスク・プレミアムが縮小する時
①から順に見ていこう。投資家にとって手数料や配当・譲渡益課税などの取引コストは確実なマイナスリターンとして牙を剝く。これらのコストが下がればその分だけバリュエーションを高く設定しても報われやすくなる。しかし手数料の引き下げは今に始まったことではないし、この理由を以って今進行しつつある高PER化を正当化するのは無理がある。
次に②だ。多くの個人投資家は利益成長率を基準としてPERの高低を判断しているし、私も通常はそのように株式購入を検討している。「高成長なら高PERで当然でしょ」という感じに。だが今回は個別銘柄ではなく市場全体のPERの妥当性を検証しようとしており、私は世界経済や企業業績全体の方向性を予測する意思はない。そして世の投資家たちもトランプ政権下で企業成長が加速すると本気で信じているわけではあるまい。よって私が述べた「理論的背景」は、②の将来成長率に関連するものではない。
最後に③と④だが、これについては本題に入る前に基礎的な補足をしておきたい。PERとは株価が年間利益の何倍かを表すものであり、その逆数は株式益回りだ。PER20倍の株式益回りは1/20で5%であり、これはその企業収益がゼロ成長であれば投資家は5%の利回りを期待できることを意味している。株式益回りを期待リターンと言い換えてもいい。そして期待リターンの構成内容は、リスクフリー・レートとリスク・プレミアムだ。
期待リターン = リスクフリー・レート + リスク・プレミアム
PERが上がるということは、その逆数である期待リターンが下がることを意味する。この事実と上記等式により、③と④の意味がお分かりいただけることと思う。A=B+Cなら、Aが下がるにはBかC、もしくはその両方が下がる必要がある。
③については現状に当てはまらない。先進国の名目金利は今、徐々に上がっている局面だからだ。
残るは④。そうだ、私はPER上昇はリスク・プレミアムの縮小を背景とするものであり、それは完全に理にかなっていると考えている。
異論ある人もあろうが、投資におけるリスクとは標準偏差、つまるところ企業業績の振れ幅の大きさだ。大きく振れる企業業績は投資家の期待利回りを不安定にするので、安全域を確保するために投資家は株価により多くのリスク・プレミアムをつける。リスク・プレミアムをつけるというのは、予想される利益に対して大きなディスカウントを要求するということを意味する。では、私はなぜリスク・プレミアムの縮小が理にかなっていると思うのか。理由はほぼ上で述べているに等しい。企業業績の振れ幅がこれからますます小さくなり、投資家もそのことに気づき始めているからだ。業績の振れ幅が小さくなるというのは、要するに景気の波が小さくなると言っている。
景気循環はなぜ起こるのだろうか。大きな要因として設備投資サイクルがある。例えば新興国が成長して建設ラッシュが起き、建築素材が不足する。需要にこたえるため製鉄会社は大きな工場を建てる。ビルが売れ不動産会社や建築会社が儲かり、製鉄会社が儲かり、その工場を作ったエンジニアリング会社、鉄鋼材料と完成品を運んだ海運会社、造船会社、その他膨大な周辺産業も同じく儲かる。好景気が到来する。しかし消耗材ではないビルは一度土地に根を生やしたら数十年は建て替えられない。製鉄会社の工場はオーバーキャパシティとなる。海運会社も運ぶものがなくなる。そして業績が悪化して社員の給与が減る。交際費も減ってネオン街の所得にも打撃を与える。不景気が到来する。全てはビルや工場建設などの設備投資のロットが大きいために引き起こされている。
しかし今や重厚長大型産業の経済全体に与える影響はかつてとは比べようもないほど小さくなり、大手を振っているのはITやサービス業だ。これらはそもそも設備投資がほとんど必要ないか、ロット当たりの投資が少ないか、クラウドサービスのように使用した期間に応じた料金だけ支払うサブスクリプション方式の投資が多い。大型投資が必要な産業の存在感縮小と、非設備投資型産業の興隆、サブスクリプション型投資の浸透による投資額の平準化により、大規模な景気循環は過去の遺物と化す可能性に私は思いを馳せている。
景気循環が小幅なものになることにより、投資家は企業業績を予測しやすくなり、これまで要求していたリスク・プレミアムを縮小させる。
「不確実性が減退する世界」
このような世界が投資家にとって良いことなのかどうかは私は知らない。単に不確実性が減退するだけならともかく、リスク・プレミアムという他人の恐怖がもたらす果実まで同時になくなってしまうのなら、株式の債券化が進行することと同義だ。恐怖を操縦することに自信を持っている投資家なら、大恐慌によって不確実性の高まりによるリスク・プレミアム拡大を切に願うべきだろう。
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