2016年2月10日水曜日

第112回 飽和する、投資から遠く離れた小話たち 2


 殺戮兵器。言葉の響きこそ簡潔だが、実態は生易しいもんじゃない。
 迅速かつ大量な殺戮の実行を明日に控え、ありとあらゆる兵器が六畳一間に集められた。押入れ、天井裏。収納スペースを全部使ってもまだ足りない。足の踏み場だってないに決まってる。
 細菌兵器はまだいい。裁縫道具入れに入っているボツリヌス菌など、スプーン一杯の毒素で世界中の人間を殺戮できる。要するに場所をとらない。
 近接戦闘に備え鈍器も持ち込まれはしたが、こんなのは問題外。そもそも鈍器を兵器と呼べるのかは疑問が残る。
 ふすまを開けると、ラグビーボール大の核兵器が収納してある。長年の開発が実り、遂にここまでの小型化に成功したのだ。一都市を壊滅させるだけの火力を備えているとは言い難いが、巡航ミサイルに搭載して組み立て式の発射装置で思いのままに照準を合わせることができる。
 そんな中、一つ不可解な代物といえば洗濯物圧搾機だった。一体これのどこが殺戮兵器なのか流石に戸惑いを隠せなかったが、付属でついてきたトビー・フーパー監督作品『マングラー』を鑑賞することにより、なるほどと納得するに至った。しかし、それにしてもこの大きさは…
 家賃五万円の六畳一間。この部屋にはあらゆる兵器がある。



「いい加減にしろ、この虫けら! 臭い息を顔面に吹きかけるんじゃねえよ、カスッ」
 普段の素行からも、端整な顔立ちからも想像できない罵詈雑言が、コノミの口から溢れ出す。
「時間見てみろ、オイッ。遅れてんだよボケ。なのにテメエの言えることは――もう立てません、もう疲れました、もうやめましょうよ…イタチだってもちったあマトモな台詞を吐くんだよ。許してくると思った? ふざけんな。謝罪しろ、謝罪! なにもそんな這いつくばって卑屈な謝り方をしなくても、と人権団体が心配してしまうくらい地べたに額をこすり合わせて何時間も土下座しろ!」
 大変お聞き苦しいかとは思うが、全てコノミが口走った言葉を一字一句正確に書き記しているに過ぎない。とにかくあまりの剣幕に、怒りの矛先にいた先生はすてんと腰をぬかしそうになった。
 しかしながら、やはり育ちの良さは見た目の下品さに塗り潰されはしないものだ、と先生は妙に感心したりもした。コノミの罵りには殺意がないのだ。ちょっと背伸びをして、普段の上品さをかなぐり捨ててみたくなる欲求に身を任せてみた、そんな感じなんだろうね、と先生は目を細めた。
 目の前のコノミは人差し指など突きつけながら、今度はクラスメイト達に汚い言葉で突っかかっている。
 それも一段落する頃にはお昼の時間になっていた。コノミはいそいそとお弁当を取り出すと、みんなにお裾分けをしだした。見ただけで口の中がふっくら感で充満されそうな出汁巻き卵のお弁当だ。
「さあ、召し上がれ」
 こういう気配りは流石です、と先生はまたも感心するのだった。



 さいころステーキの塔には角界の著名人が集結しつつあった。
 それどころか、パーティー開始の三十分前だというのに、ざっと見ただけでも集まった人数は当初の想定をとうに上回っている。
 どこかの阿呆が招待状を配りすぎたのだろうか。著名人たちの重量でぐらつく塔を補強しようと、料理長が必死にさいころステーキを焼いている。
 首筋から滴り落ちる汗は滝の如く鉄板に打ち付けられ、塩を振る手間が省けた。しかし、焼けども焼けども、待ちくたびれついでにつまみ食いする礼儀知らずな連中のおかげで、塔はちっとも安定しないのだった。
「ちょっとお! 申し訳ありませんが、つまみ食いはおやめください!」
 料理長の懸命な呼びかけにも、知らん顔。それとも聞こえていないのか。
 とはいえ今夜催されるのは由緒あるパーティ。礼節をわきまえた方々も大勢いらっしゃる。つまみ食いする輩の襟をひょいと掴むと、そのまま外に放り出した。
 幸か不幸か地面もステーキ。全身汚れはしたが、怪我ひとつありません。いきり立ったままもう一度上に駆け上がり、本格的な大乱闘。とうとう塔は、じゅぶっと情けない音と肉汁を出しながら崩れてしまいました。



 田辺先生特設クラスが素晴らしいのは僕のようなミソっかすにも一日一回、 活躍の場が回ってくることだ。
 グループ・ディスカッションとか、バスケの試合、日々のなんでもない教室掃除。様々な日常が田辺先生マジックで宝石のように尊いイベントへと変貌する。正確に表現するなら、活躍の場が僕に回ってくるのではなく、月並みだが、参加者全員が主役になれる。そういう場を作り上げるため、田辺先生は努力を惜しまない。
「僕はこれまで、ファッションでかけるサングラスはナルシストの専売特許だって思い込んでました。でも、斉藤さんに出会ってからはその認識を改めざるを得ませんでした。斉藤さんは僕に言いました。『元来俺は君と同じように、自分の意見が言えない奴だったよ。視点が定まらず、挙動不審だってよくからからかわれた。でも、サングラスをかけるようになってから、俺は信じられないくらい強い人間に生まれ変わった。サングラスは仮面のようなものだ。周りの人たちが見ているのは仮面をつけた俺であって、本当の俺ではない。そう考えたら、思っていることがスラスラ口にできるようになった』 目からウロコでした。サングラス野郎に対する意識が変わったばかりか、僕はその日以来、心を外部に開放できる子供になったんです。路傍に咲く小さな花や、オール明けで疲労と享楽の入り混じった表情をしている女子高生、今までは気にも留めなかった数々の事象が、その日以来、煌びやかな存在として目に飛び込んでくるようになったんです。その感動を先生にも教えてあげたいですよ。まるで自分が生まれたばかりの赤ん坊になったかのような感覚を、よく覚えています」
 放課後の一コマ、僕は田辺先生にこのような話をした。先生は「あ、そう」と相槌をうった後、次のように仰られました。
「長いご高説、ご苦労様でした。で、まだ続くの? 生憎だけど、先生は君とか斉藤さんとやらの遍歴や内面世界にはこれっぽっちも興味がないんだ。わかったら、その口を閉じてはくれまいか?  そもそも、この話の焦点は先生じゃなかったのかな。だってそうだよね。冒頭の文章は先生の名前で始まっているし。些細なことにこだわって機嫌を損ねてると思われるのも本意じゃないが、もう少しやり方ってのを考えて欲しいね」



 高い高いビルの屋上に人魚たちが腰かけていた。
 互いにぺちゃくちゃお喋りを交わしていると、ひとりの人魚が仲間の胸に手を押し当てた。宝石みたいな光を放つ赤いものが、人魚たちのからだに入っていく。人魚の胸はたちまち真っ赤になって、ビルの屋上は太陽みたいになった。
――まあなあに、いったいこれは。
 多分そんなことを言ったんだろう。ビルの下から見物していた観客の一人はそう思った。
 真っ赤な胸の人魚たちはばたばたと暴れだして、しまいにはつぎつぎ飛び降りはじめた。
 高層ビルの隙間に人魚たちの群れが舞う。
――だめだめ、ぜったいしんじゃう。
 多分そんなことを言ったんだろう。ビルの下から見物していた観客の一人はそう思った。
 懸命に尾ひれをばたつかせるが、空気の海では役に立たない。
 だけど貴重な人魚。そんなに簡単に死なせてなるもんですか。
 最初に飛び降りた人魚がトマトみたいに潰れるかという瞬間、宙に現れたネットにぽいっと吸い込まれた。
――あーれー
 もう観客は一人もいなかったが、多分そう言ったに違いない。
 ネットの主は悪い密猟者。人魚を捕らえる時を、虎視眈々と狙っていたのだ。
 ぽいぽい! 今日は大漁!
 哀れ人魚たちは目撃者もないまま、大都会の闇へと消えた。これにて大団円。お疲れさま。

2 件のコメント:

  1. なんかこういうの懐かしいです。
    昔、18年位前にこういう文章がインターネット上に溢れていた頃を思い出しました。
    もっともっとやりたい放題で無茶苦茶なものはキチガイテキストとよんでいましたが、支離滅裂とも思える文章を昇華させながら毎日膨大な量を書き込んでいる人が多く居ました。
    僕はそれらの文章を読み漁りながらインターネットに没頭していたものです。
    才能に満ちた彼らは今頃何処で何をしているんでしょうか・・・。

    なんて感傷に耽ってしまいました。

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    1. 実はこの文章たちは、まさに15年くらい前に僕がインターネット上へ投稿していたものを拾い上げてきたものなんです。当時は大学生でした。
      株式投資は当時からやってましたが、真面目に勉強し始めたのはリーマンショック以降です。今の自分の基準では、ただのギャンブラーだったと思います。そのくせ自分の賢さとやらに分不相応な自信を持っていたので、投資に関してはその頃を思い出すと、甘美な感傷ではなく汚泥にまみれた気分になるのです。
      変わらず誠実でいられたと胸を張れるのは、僕にとっては映画くらいですね。

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