2015年8月26日水曜日

よくある調整とも言えるし、そうでないとも言える

株価下落に関して特に感慨があるわけではないのだが、市場の急変をまったく無視していつも通りの投稿をアップし続けるのもいささか人間味に欠けるような気がしており、バランス感覚の圧力に屈することにした。久しぶりに訪れた調整局面における何の変哲もない感想を書き記しておきたい。

投資資金の8割が米国大型株となっている私のポートフォリオでは、円換算ベースのS&P500指数が年初来マイナス10%に沈む中において、もちろん無傷でいられるということはあり得ない。具体的には、当記事執筆時点において、年初来パフォーマンスはプラスマイナスゼロにリセットされた。ベンチマークとしているS&P円換算指数に比べればアウトパフォームを維持しているものの、直近高値からは2桁の下落となった。

よくある下落だと達観してみたところで、このレベルの調整は実は「よくある」わけではなかったことをデータが示している。
S&P500が直近高値から10%以上の下落を経験したのも、2011年10月が最後となっていた。近年は低ボラティリティが常態化し、投資家は長らく激しい相場を経験していなかったことになる。

とはいえ現時点において、私は大半の投資家と同じく、この大幅下落はあくまでヘルシーなものであるという認識を崩していない。少なくとも広く認識される限りにおいて株価にとって真に脅威となる社会現象(金融緩和の終了や金融危機)の兆しはまだ見えていない。些末なところでは企業業績が伸び悩みを見せているとか中国景気の減速が顕在化しているとか色々と懸念点が存在し、株価は実際それらを理由に下げているものと思われるが、起こっていることの本質は歴史的に見てやや高くなっていたPERの水準訂正であり、すなわちファンダメンタル不変の中にあってのリスク・プレミアムの拡大という理解だ。プレミアムが大きくなると表現すれば、陰惨な気分も少しは晴れやかになるだろう。

かといって、私は常にフルインベストメントなので、落ちるナイフを拾いに行く買付余力がない。指数と一緒に仲良く評価額が減少していくのを眺めているのが関の山だ。もちろん、株価下落に伴いポートフォリオの割安度は高まり、もともと低いPER水準の上位銘柄がますますヘルシーな株価になっていくことは頼もしい限りだが、暴落や調整局面が訪れてもやることがない以上、特に嬉しくも悲しくもないというのが偽らざる感情だ。こういう時、現金余力があればとても気分がいいに違いない。私のフルインベストメントは戦略によるものではなく単に相場参加に対する中毒症状のようなものなので、体質を改善しない限りは下落待ち伏せなど永久に出来ないだろう。自らに課せられた宿命と思って受け入れるしかない。せめて次のボーナスまで株価が低迷してくれることを祈ろう。

経験則による今後の予想を開陳することはどうせ恥をかくだけなので控えておくが、今回の急落により信用取引を用いて少数銘柄への集中投資を行っていた投資家は、否応なく方針の転換を迫られることになるだろう。1銘柄に2割の資金が集中しているようなポートフォリオが分散投資と言えるのか議論はあろうが、私は自分を分散投資推進派とみなしており、株式投資が一過性のブームでなく文化として日本に根付くには、やはり分散投資派の台頭が必要だと感じている。もちろん数銘柄の集中投資に利点は数えきれないほどあるのは理解しているが、投資にそこまで熱意を注ぎ込めないような幅広い層へ訴求するには、集中投資でアルファを獲得するというロジックは不向きなのだ。カリスマブロガーたちの何人かがこれを機に分散投資派に転向してライト層の規範となってくれるのであれば、日本の投資文化にとっては喜ばしいことであると思っている。

参考記事
中国株暴落の影響を考察する

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