デジタル技術の進展に伴い化石と化すPBR


 PBR(price/book)を利用した割安度判断は、それがBPS(一株当たり純資産)に依拠しているという理由により、2019年現在、残念ながら時代遅れの化石となっている。
 古き良き伝統-またの名をグレアム流バリュー投資と呼ぶ-を死の間際にまで追い詰めたのは、紛れもなく現代会計の能力的限界による。バランスシートの資産勘定(ひいてはその対となる純資産勘定)情報は穴だらけであり、P/Lと組み合わせないと役立たずなのである。会計が大好きな私が言うのだから本当だ。
 BPSが経営指標としての有用性を喪失したことと、グレアム基準による割安株が姿を消したことは、密接に関連している。
今日その話をしよう。

 2010年代中頃から急速に進展したデジタル技術の恩恵により、企業の営利稼得方法は物理原則から解放された。
 工場を建てて原材料を仕入れ、加工して販売する。このような経済活動が世界の時価総額に占める割合がハイテク企業の台頭によってかつてないほど低まったのは、決して目の錯覚というわけではない。第三次産業革命という触れ込みには、保守的な会計屋の目から見ても一切の誇張が含まれていない。
 プロダクトあるいは提供されるサービスは電子情報に分解されて無限増殖し、インターネット網を通じて顧客に届き、お金を集金する。たしかにその過程で物理的な資産も数多く登場するだろう。光ファイバーやデータセンターなどは代表例で、それらは設備投資の結果としてハイテク企業のバランスシートに有形固定資産として計上されている。
 だが、光ファイバー網やハイパースケールデータセンターの固定資産が収益を生み出しているという言い草は、AT&Tなどの土管屋にとっては当てはまるかもしれないが、大半のテクノロジー企業にとってはその半分も本質に迫れていない。彼らの利益の源泉は弛まぬ技術開発によって得られたソフトウェアなどの無形資産である。これについては説明を要さないほど自明のことと思うので詳しくは述べない。

 ではこれら無形資産はバランスシート上のどこに計上されているのだろうか。
 のれん? ライセンス権? ソフトウェア資産?
 それは企業買収が行われた時だけの話。自社開発した技術はバランスシートに表れない。
 開発者の人件費や試作に費やされた諸々のコストは、原則として発生した期の費用として会計処理される。先端技術開発の結果、年間1兆円の利益を稼ぎ出す潜在力を持つソフトウェアが完成したとしても、財務諸表には何の資産も計上されず、投資家はその輝かしい無形資産をその時点で感知することが出来ない。しかし当該ソフトウェアが上市され、途方もない利益を稼ぎ始めると、どんな愚鈍な投資家もその企業がもつ無形資産を感じることになる。ここに現出しているのは、本来的にはバランスシートの資産勘定-そして繰り返しになるがその対となる純資産勘定-に存在しているべき無形資産を、フローを表す財務諸表である損益計算書で確認するという奇妙な世界だ。そんな不自由なことをしなければならないのは、バランスシート情報の不足が看過できないレベルに達しているからに他ならない。冒頭で述べた「現代会計の能力的限界」とはまさにこのことを言っている。

 会計基準によって導き出された純資産は、企業の清算価値も、収益力も、何もかも正確に表しなどしていない。
 このような世界でPBRなど何の役に立つというのだろう。はっきりしているのは、無形資産の重要性はますます増大していき、ROEは高まり、したがって市場の平均PBRは上昇していく。
 PBRをごみ箱に捨てない限り、どの株式も買えないまま指をくわえて株価上昇を眺めることしか出来なくなってしまうはずだ。


冒頭画像
『CURE』 黒沢清


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