動物村の株式投資

 愉快な愉快な動物村には毎年たくさんの観光客が訪れて楽しい雰囲気が村中に充満していた。動物村はまさに楽園だった。そこに足を踏み入れると誰もが無条件で踊りだしたくなる欲求を抑えることが出来なくなる。
 ここの名物は一言で語りつくせない。穏やかな気候と美しい海岸はリゾート客の心を鷲掴みにしているし、四年に一度開かれるキウイフルーツ祭は村の観光局が最も力を入れる一大イベントだ。祭りの時期には世界中のあらゆる動物が村を訪れる。キウイフルーツ祭に足を運べば、絶滅したはずの希少種、見たこともない珍獣が漏れなく紛れ込んでいるので、動物図鑑作成者にとっても注目度の高い行事なのだった。
 動物村は単に楽園の雰囲気に満ちた観光名所というだけではなく、動物界の尊敬を一身に集める知の聖地でもあった。世界で唯一の証券取引所が存在しているからだ。取引所は立派な石造りの建造物で、見るものを厳かな気分にさせた。そして取引所に勤務するエリートたちはほとんど夜行性動物が占めていることもあり、建物の周囲にはカバーがかけられ夜を模した雰囲気が醸し出されていた。
 今日は株式市場休場日で、取引所では社会科見学のためのツアーが組まれていた。近隣にあるパパイヤ小学校の児童たちが教師に引率されて取引所に到着した。カバードームの中はなぜか冷たく汚い雨が降りしきっており、傘を持っていない児童たちは最初は見慣れぬ雨にワーキャーはしゃいでいたが、あまりに冷たく寒いので見学が始まる前にはすっかり意気消沈してしまっていた。なぜ雨を降らせているのかと、児童を不憫に思った教師がツアーガイドに対して少し怒り気味に聞いた。だが、ガイドは教師の質問を無視して手元のツアーマニュアルのチェックに余念がないようだった。
「皆さん揃いましたか」とキツネのツアーガイドが口を開いた。いかにもキツネというような声をしていたので、子供たちは大爆笑した。決して馬鹿にしているわけではなく、明るく楽しい動物村で育った子供は誰もが笑い上戸になってしまうのです、と教師がキツネのガイドに弁明した。「もちろん知っていますよ。私もこの村で生まれ育ちましたから」とガイドは言った。本当に気にしていないようで、人の良さそうな笑顔を浮かべている。「では時間も押していることですし、参りましょうか」
 重厚な扉をくぐると、中もやはり薄暗かった。「ご心配なく、ツアー用にライトが点灯するようになっています」 キツネが手元のリモコンを操作すると、色とりどりのLEDライトがピカピカ点灯し始めた。ガイドは両人差し指を鼻に突っ込んで、一心不乱に鼻くそをほじっている児童がいることに明りのおかげで気が付いた。そいつはシカの子供で、鼻くそをほじること以外に一切の興味がないように見えた。キツネはさらに観察を続けた。シカの子供は右の鼻穴から大きな鼻くそを摘出することに成功した。そして人差し指の先端にくっつけたまま、しげしげとそれを眺めた。暗くてよく見えないようで、LEDライトに指を近づけて明るく照らされる鼻くそを心ゆくまで鑑賞していた。キツネはさらに観察を続けた。シカの子供は鼻くそを眺めるのにも飽きたようで、今度は何かを悩み始めた。証拠隠滅のために床にそっと捨てようか、食べてしまおうか悩んでいるに違いない、キツネはそう思った。
「ちょっと、進まないんですか」と教師が憮然として尋ねた。キツネは心の中で舌打ちしながら、失敬、と答えた。「もちろん進みますとも」
 そうしてガイドはがらんとした部屋に一行を案内した。どぎついLEDライトのせいで、部屋は何となくラブホテルのように見えなくもなかった。
「うほっ、うほっ、腰がうずくぅ」
 ゴリラの児童が茶化して言った。他の児童は大爆笑。この子たちは本当に天真爛漫だなあと教師は嬉しくなった。
「ご名答!」キツネのガイドが大声を出した。「ご名答です、ゴリラくん。ここは交尾室ですからね。証券取引所のパワーエリートたちは性欲を維持しないと使い物にならないのです。ここでは業務時間中もひっきりなしに雄雌が色々な意味で出入りしていますよ。多くの取引所ベビーがここから誕生しています」
 教師と児童たちは呆気にとられていた。「はは、坊やたちにはまだ早かったかな」キツネは得意顔で言った。「うほっ、うほっ、腰がうずくぅ」 ゴリラが茶化した。児童たちは大爆笑。「ま、次に進みましょう」とキツネは少し悔しそうに言った。
 次に案内された部屋もやはりLEDライトのせいでラブホテルに見えなくもなかった。「うほっ、うほっ、腰がうずくぅ」 さすがにもう誰も笑わなかった。「ここには世界中から集められた武器が格納されています」 目を凝らすとアサルトライフルや禍々しい形の拷問器具などが児童たちの目に飛び込んできた。スゲーと誰かが小さな声でつぶやくのが聞こえた。
「今からちょっと殺し合いをしてもらいます」
 キツネが北野武の物真似をしてそう言った。児童たちは大爆笑。と思ったら、いきなりトムソンガゼルの頭がショットガンで吹き飛ばされた。
「笑っていると、3分もしないうちにあの世行きだ」
 キツネは2発目を装填し始めた。教師と児童はパニックに陥って蜘蛛の子を散らして逃走した。しかし、ハイエナの児童はトムソンガゼルの屍に貪りつかずにはいられなかった。キツネはハイエナの頭に向けて2発目を発射した。児童たちの戦いは始まったばかりだ! -完-

「どうです。傑作だったでしょう」
 上映が終わってキツネのガイドは誇らしげに聞いた。
「ええ、本当に感動の連続でした。特にハイエナの児童が本能に逆らえず友達の死体に貪りつくところなんて…」
 児童たちの大半も感極まって泣いているようだった。顔に残った涙の跡が可愛い。
 動物村では年中こんな楽しいことが起きている。ここがこの世の楽園であることに異論を挟む者は、どこにもいない。

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