エネルギー株には舞い戻らない

 思えばたくさんのエネルギー関連株に投資してきた。
 石油メジャーのエクソンモービル、BP、コノコフィリップス。コノコからスピンオフした石油精製のフィリップス66。シェール開発のホワイティング・ペトロリアム。最大の油田サービス会社シュルンベルジェ。
 とても上手くいった投資もあれば、そうでもない投資もあった。
 だが投資の結果にかかわらず、ある時期まで石油関連株に対する私の信頼は非常に厚かった。理由は単純だ。世界がエネルギーを必要とし続け、石油は枯渇しないと信じたからだ。オイルメジャーは中東権益が国家に接収されたり、乱高下する原油価格に振り回されながら、長い間投資家に報いてきたことも、私の信頼を補強した。

 長期投資にあっても、とりわけ石油関連株へ投資する場合は石油産業の将来性への信仰が必要だ。シェールはややサイクルが短いが、一般的に石油開発は一つのプロジェクトの探査から廃坑までの期間が数十年にも及び、その間、地政学や価格変動などの様々なリスクに晒される。この正気の沙汰とは思えない事業を正気で運営し続けるには、この炭素エネルギーがほぼ未来永劫必要とされ続けるという信頼なしにはとてもなし得ない。私は石油を信頼していた。


 しかし昨年、ポートフォリオの20%程度を占めていたエクソンとホワイティング、シュルンベルジェをまとめて売却し、私は今後エネルギー株には近寄らないことを心に決めた。
 この惨めな遁走は、暴落する原油価格に耐えられなくなったからでは決してない。乱高下する原油価格への覚悟もなしに石油株へ投資するほど私はウブではなかった。石油の未来について真剣に考えた結果、信仰が崩れたのだった。


 信仰を失わせるに至った要素とは何か。
 まず、石油産業には公平な競争が成立していない。採掘コストが安い陸上油田は中東を除いてあらかた掘りつくされ、オイルメジャーは今後ますます深海油田に進出せざるを得ない。損益分岐点は原油価格が40~60ドルと言われている。一方、サウジアラビアでの採掘コストは比較にならないほど安く、原油の質も高い。普通の業界では考えられないような不公平な状況が長年にわたって続き、しかも参加者の誰もが莫大な利益を手にし続けられてきたことは、何も奇跡というわけではない。サウジなどの中東国家は採掘コストこそ低いが、石油資源の収益が国家財政と結びついているので、それを支えるために実質的な損益分岐点が跳ね上がること(ドイツ銀行の試算によれば原油価格104ドルがサウジの本当の損益分岐点だという)、そしてだからこそ経済活動の減速を招かない程度に原油価格を高止まりさせる強力な動機がプレイヤー全員に存在し、制裁されることのないカルテルとしてOPECが権勢を振るったことが大きい。
 不公平な競争環境は今に始まった話ではない。中東諸国が欧米メジャーを自国から追い出して権益を国有化した瞬間から存在している問題だ。
 しかし、私の目にはそれがもうそろそろ閾値を超え始める頃合いのように思えた。
 北米のシェール革命は誰も予想しなかった速度で成し遂げられ、OPECの価格調整力を著しく低下させた。OPEC諸国の間でもともと存在していた経済格差が、イランやベネズエラなどの弱小国の減産に対するコミットメントを弱め、シェールに一丸となって対抗すべき重要な時にOPECはカルテルとしての機能をほとんど喪失した。2014年から始まった原油価格の暴落は、今までのように短期的な乱高下ではないという強い予感を私は感じた。エクソンやシェブロンなども開発部門は軒並み赤字に陥って精製部門で何とか利益を上げている有様となったが、彼らの能力をもってすれば50ドルの原油価格でやがて開発部門にも利益が戻ってくるだろう。しかし、生産量が変幻自在のシェールが存在する限り、価格が再び100ドルに戻ることがあるようにはどうしても思えなかった。

 だが、原油価格が100ドルに戻らないくらいはどうでもいい。
 私が感じた最も重要な疑念は、エネルギー消費に占める化石燃料の比率が将来的に劇的な減少を辿る予兆と、化石燃料に代わる新エネルギーの可能性だ。
 原油消費の7割は輸送用途だという。つまり、自動車や飛行機の燃料タンクに詰め込まれて、内燃エンジンの動力用に燃やされる。シェアリング・エコノミーだとか自動運転車だとかドローンだとか、輸送手段について誰もが今までなかった真剣さで革新的な取り組みを行っている中、中流世帯の多くに1~2台の自家用車があり、それが内燃エンジンで動いているというのは、どう考えても時代にそぐわなくなっているとしか思えなかった。
 そして新エネルギーだ。バイオ燃料だとかそういうちゃちなもんじゃない。宇宙空間に打ち上げられ、羽の角度が常に太陽を向くよう自動制御される宇宙太陽光発電所。発電された電力はマイクロ波で地上に伝送される。SF映画じゃあるまいしと一笑に付されるしかなさそうなこのコンセプト、私は30年内には実現可能性が高いと考えている。実現したらどうなるか。考えるまでもない。利便性、環境への影響、コスト、どれをとっても現存するあらゆるエネルギーの優位性を根こそぎ駆逐することになる。現存するエネルギーの最大シェアを誇るのは、言うまでもなく石油だ。

 原油価格は思惑とフットワークの異なるプレイヤーがかつてないほど入り乱れて低空飛行を余儀なくされ、将来的には需要減退と新エネルギー台頭の脅威に晒されている。私のレンズを通して見える石油産業の姿はこのようなものとなった。
 笑ってくれて構わない。実際、石油は枯渇するなどというピークオイル説を唱えたり、オールドエコノミーだとかで石油産業を笑い、ショートしたものは、投資においては右肩上がりの石油株に悲惨な目に会わされてきた。私はショートはしないが、未来のエクソンの株価を見て泣いて悔しがる可能性も十分にある。しかし重要なのは予想の結果ではなく、「信じて気持ち良く株を保有できるか」ということにある。この部分にケチがついた私は、実際の石油株の未来がどうあれ、石油株から去るしかないのである。

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