金融危機時のボーイングとプログラム会計

 だいぶ前に書いたボーイングの銘柄分析記事に対し、ご質問をいただきました。
(以前の記事のリンク:[ 銘柄分析 ] Boeing


 私の記事には、

・2014年末時点でボーイングは契約済み受注残が年間売上高の7.3倍ある。
・契約済み受注は、航空会社の契約不履行時にもボーイングに請求権が生じる。
・航空機需要の高まりと競合の少なさ、高水準の受注残を考えると、目の覚めるような成長はないかもしれないが、安定した業績が今後も見込まれるだろう。

というようなことが記載されており、それに対して下記の質問がありました。

[ 質問 ]
契約済み受注残に対するボーイングの違約金請求権は機体代金の全額なのか、それとも一部なのか。
仮に全額でないとすれば請求権のない部分はリスクだと思うが、金融危機時に業績が悪化したのはそれが理由か。


 まず①についてですが、色々な形態の契約や特殊事情が絡んでくるので一概に言えません。新型機などは開発遅れによる納入遅延などが起こることもあるのですが、この場合、航空会社はボーイングに対して違約金なしで発注をキャンセルできた事例もあるようです。新型機では性能面でも当初の設計と異なったものになることがあり、このような顧客にとって不測の事態が生じた時には違約金を減額・免除するなどのペナルティをボーイングが引き受けることもあります。これらは全て契約書に細かく記載されているはずです。

 また、ローンチカスタマーと呼ばれる新型機への最初の発注者に対しては、交渉によって一部の航空機キャンセルをペナルティなしで受けた事例も確認されています(2015年9月、日本貨物航空が747-8F貨物型6機のうち、4機をキャンセルすることでボーイングと合意)

 いずれにしても違約金はしょせんキャンセル料ですから、製造に着手していない航空機の発注キャンセルに対し、機体代金の全額請求というシチュエーションは相当限られてくるのではないでしょうか。ただ、違約金が機体代金未満であったとしても、ボーイングは製造せずに数百億円の金額を受け取れるので、必ずしもリスクとは言えないと思います。
 航空機の契約に関して詳しい方がいらっしゃれば、情報提供をお願いします。


 次に②です。金融危機時にボーイングの業績が悪化した理由は何か。まずは当時どのような業績になっていたのか確認しましょう。


 2009年12月期に前年対比で売り上げが増えているのにもかかわらず利益が半減しています。当時のAnnual Reportにはこう書かれています。

 Earned $1.87 per share, down from $3.65 a share, due principally to the reclassification of certain 787 costs, the impact of difficult market conditions and increased development costs for the 747-8 program.

 747-8型機の開発費上昇と、足元の厳しいマーケット環境を受けて787型機の開発コストを再分類したことにより減益と言っていますが、これはどういう意味なのか。特に後者ですが、このキーとなるのがタイトルにも入っている「プログラム会計(program accounting)」です。


【プログラム会計】

航空宇宙産業では莫大な初期開発費用を、収益に結び付くまで繰り延べ資産として計上することが広く容認されています。つまりこの会計のもとでは、開発費は機体が実際に製造・納入されるときに初めて費用化されるのです。会計学的に表現すれば、コストが発生ベースではなく、収益貢献ベースで認識されるということです。
 プログラム会計に基づいた利益で重要な問題となるのが、航空機の将来の販売見通しです。
 例えば、20年間は売れ続けるという前提で費用を均等計上してきていたのに、世界情勢が変わって受注が減速し、どうやら15年くらいで現行機はお役御免となりそうだということが判明したとします。今が販売開始12年の時点だとすると、過去12年にわたって償却してきた開発コストは過少だったことになる。その過少だった分を一括して12年度に費用化し、残り3年で残存コストを償却していくのです。
 均されるのは開発費だけではなく機体毎の製造コストも同じです。通常、機体の製造原価は製造がこなれてくることによって逓減していきますが、これは言い換えれば量産開始直後の機体を個別に原価計算すると、コストが高くなるので低い利益率となることを意味します。プログラム会計では量産機の総販売期間における利益率を見積もり、そのアベレージコストを全ての機体原価に適用するのです。


 2009年度の損益悪化は、まさにこの将来見通しの変更によるノンキャッシュの製造・開発コスト増が原因です。もう一度先ほどの業績ハイライトに戻ってもらうと、売上高は前年対比で増加しているものの、"Contractual backlog (契約受注残)"が減少しているのが分かります。これが当時の環境の変化を端的に表しており、過去の過少償却分を一括計上したことによる製造・開発コスト増加の要因ともなりました。

 ただ先述の通り、当該コストの見積もり変更はノンキャッシュ費用(開発コストの場合は減価償却費と同じく、現金は過去に支出済み)なので、金融危機時においてもボーイングのフリー・キャッシュフローは落ち込んでいません。だからボーイングの財務諸表においては他の会社以上にキャッシュフロー計算書の確認が欠かせない。プログラム会計における利益というのは、販売期間の長さやトータル期間の利益率という、外部からは信憑性を確認する術のない前提に基づいて計算されているからです。
  また、会計基準に基づいたデータではありませんが、ボーイングは"Unit-cost basis"の営業利益というものを開示しており、 これは収益貢献ベースではなく、発生ベースでコストを捉えたものなので、キャッシュフロー計算書と同じく参考になります。当社は2003年以前はプログラム会計ではなく、このUnit-cost basisで財務諸表を作成していました。


コメント

  1. ボーイングについて質問した人です。
    まさか記事にして詳しく説明いただくなんて、ありがとうございました。

    もう一点ワールドについてですが、簡単で構いませんが増資懸念についてはどうお考えですか?
    自己資本が少なめでいろんな事業を発展させたいようなので、経営者の気持ち的には資金がほしくてしょうがない状態だと思います。
    一方で懸念を緩和してくれる要素といえば、配当性向を少しながら上げてたので、この増資と逆行する行為は一つの安心材料かなと初心者なりに思いました。
    よろしくお願いいたします。

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    1. ワールドHDは借入金を恐れていない感じなので、成長のためと銘打った安易な増資はしないんじゃないかと思ってます。するとしたら不動産市況悪化で資金繰りが危なくなったときじゃないでしょうか。

      先週末にも民事再生を申請した農業公園の会社を買収しましたが、これまたシナジーがないのに設備投資などでお金を食いそうな事業で、つくづく面白い会社だなと思います。

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  2. いろいろとどうもありがとうございました。

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