[ 業界分析 ] バイオ医薬
<バイオ医薬とは何か>
まず創薬を取り巻く背景から。
ファイザーや武田などに代表される従来型の製薬会社は、患者数の多い生活習慣病領域の創薬に注力してきた。これらの疾患には低分子薬が有効だった。低分子薬の開発は、自然界の物質から特定成分を抽出するか、化合物をランダムに合成し、それらが医薬品となる可能性を検証するという帰納的なアプローチが主体だった。本当に様々な会社がこぞって化合物の探索した。そして開発された薬はとてもよく売れ、有効に機能し、その裏で新たな化合物の探索余地は少なくなり、特許(パテント)も切れ始めた。気が付くと、製薬会社にとってドル箱だった生活習慣病領域では、新たな創薬と利益創出が困難な状況が形成されていた。
そこで新たなフロンティアとして浮上したのが、関節リウマチやガン、アルツハイマー病だ。新薬の主戦場は、これら難治性の疾患領域に移らざるを得なくなった。これらの領域での創薬に高い有効性を発揮したのがバイオ医薬である。
ランダムな化合物の合成によって生成される低分子薬と異なり、バイオ医薬(正確にはその中でも抗体医薬)は特定疾患の要因遺伝子等を特定し、その治療法を探るという演繹的なアプローチを採る。そのため、特定の標的にピンポイントで作用するバイオ医薬は、低分子薬に比べて副作用リスクが小さいという特質がある。
難治性の疾患に対し、副作用も少なく、治癒率も高い。だから、開発に成功したバイオ医薬品は高くてもバカ売れした。今や医薬品の売上トップ10ランキングはバイオ医薬による寡占状態となっている。抗リウマチ薬のヒュミラ(アッヴィ)、レミケード(J&J)、エンブレル(アムジェン)。抗がん剤のリツキサン、ハーセプチン、アバスチン(いずれもロシュ)、などなど。日本オリジンのものは、上位に一つもない。
<低分子薬、バイオ医薬の特徴>
創薬には膨大なエネルギーが必要だということは誰もが知っている。ただ、低分子薬とバイオ医薬では創薬プロセスにおいてエネルギーを要する部分が大きく異なる。
低分子薬は、一にも二にも化合物の探索工程に最大の困難が存在する。あれでもないこれでもないと研究室でひたすら合成を繰り返す。そうして何かの薬らしきものが出来上がり、臨床試験で何かの病気に有効に作用することを証明する。開発には偶然も入り込むので、当初の意図とは違う疾患に対して機能してしまうことも多くある。そして、いったん化合物を特定できてしまえば、製造自体はただの化学合成なので比較的容易にできる。
一方、バイオ医薬の創薬における付加価値の大半は生産プロセスにある。低分子薬と違い、目指すべき物質は遺伝子解析などによって特定されているのだが、バイオ医薬(抗体医薬)は哺乳動物細胞を用いて培養する必要がある。動物細胞培養は大量培養方法を確立することがとても難しく、生産コストは低分子薬とは比較にならない。高度なノウハウと大規模な培養槽が必要で、これを製薬会社が自社で有することは容易ではない。したがって、バイオ医薬の生産にあたっては受託製造会社(バイオCMO)へのアウトソースが多用される。サムスンはバイオCMO世界一を目指し、大規模工場を建設している。
<ジェネリック薬とバイオシミラー>
化学合成で製造される低分子薬は、化合物さえ特定できればオリジナル品と同じ品質の製造が容易だ。だから低分子薬の後発薬を製造するジェネリック医薬メーカーは、大規模な研究開発をしなくても、特許が開放された先行薬を、臨床試験なしに安価で市場投入できる。品質はオリジナルと同じだから医師は勧めやすいし患者も受け入れに抵抗がない。医療費削減待ったなしのアメリカで特許切れの低分子薬があっという間に前年対比売上8割減などと崖から転がり落ちるのはこのためだ。これをパテントクリフと呼ぶ。
バイオ医薬は先述したように化学合成ではなく細胞培養で生産するので、特許が開放されたとしても有効成分をオリジナル品と全く同じにすることは不可能である。そのため、バイオ後発薬はジェネリック薬と区別され、「バイオシミラー」と呼ばれる。シミラーはsimilarで、先行薬に"似ている"というだけだ。有効成分が微妙に異なるので新たに臨床試験を通過する必要があるし、探索ではなく生産にコストがかかるので、先行薬と比較して劇的なコスト削減が見込みにくい。その上、似ているだけに過ぎないバイオシミラーは医者と患者、双方の立場からしても選択しづらい。医者は実績のないバイオシミラーを勧めることによる訴訟リスクを恐れるし、患者も保険適用で自己負担があまり変わらないのなら、実績がある先行薬にしたいと考えるのは至極当然の帰結だろう。
以上の事情により、バイオシミラーの普及には乗り越えるべき多くの壁が存在する。それは裏を返せば特許切れによっても先行薬メーカーの有意性は揺らぎにくいことを意味している。
<バイオベンチャー>
バイオ医薬の開発で世界を主導する欧米企業においても、自社でバイオ医薬品を開発した企業はほとんどない。その代り、有望な開発を行っているバイオベンチャーを次々に取り込んで自らのものにしていった。バイオの将来性に着目した欧米企業が動き始めたのが1990年代後半だったのに対し、生活習慣病領域で強い競争力と高い収益を上げていた日本企業が本格的に腰を上げたのはそれからおよそ10年後のことだった。しかし日本には大規模培養槽もなく、生産に必要な培地・試薬・血清などの消耗品も欧米メーカーに押さえられ、クリエイティブな開発環境からは程遠いバイオ医薬開発の僻地になっていた。
いずれにせよ、日本がこの分野で欧米に追い付くには、少し前に株式市場を賑わせたバイオベンチャーの成否がカギを握っている。バイオで負け続ければ、医薬品における日本の貿易収支は大幅な赤字が長期にわたって続くことになる。是非とも頑張ってほしい。
<バイオ株への投資にあたって>
再生医療など、低分子でもバイオでもない新たな創薬領域の萌芽がわずかに確認できるものの、今後しばらくはバイオ医薬品がますます勢力を伸ばし、難治性疾患の治療に貢献していくことだろう。この流れは止まらない。バイオベンチャーに夢を見るのも楽しいかもしれないが、アムジェンなどの既に仕上がったバイオテック大手への投資は、安定的なリターンをもたらしてくれるはずだ。
まず創薬を取り巻く背景から。
ファイザーや武田などに代表される従来型の製薬会社は、患者数の多い生活習慣病領域の創薬に注力してきた。これらの疾患には低分子薬が有効だった。低分子薬の開発は、自然界の物質から特定成分を抽出するか、化合物をランダムに合成し、それらが医薬品となる可能性を検証するという帰納的なアプローチが主体だった。本当に様々な会社がこぞって化合物の探索した。そして開発された薬はとてもよく売れ、有効に機能し、その裏で新たな化合物の探索余地は少なくなり、特許(パテント)も切れ始めた。気が付くと、製薬会社にとってドル箱だった生活習慣病領域では、新たな創薬と利益創出が困難な状況が形成されていた。
そこで新たなフロンティアとして浮上したのが、関節リウマチやガン、アルツハイマー病だ。新薬の主戦場は、これら難治性の疾患領域に移らざるを得なくなった。これらの領域での創薬に高い有効性を発揮したのがバイオ医薬である。
ランダムな化合物の合成によって生成される低分子薬と異なり、バイオ医薬(正確にはその中でも抗体医薬)は特定疾患の要因遺伝子等を特定し、その治療法を探るという演繹的なアプローチを採る。そのため、特定の標的にピンポイントで作用するバイオ医薬は、低分子薬に比べて副作用リスクが小さいという特質がある。
難治性の疾患に対し、副作用も少なく、治癒率も高い。だから、開発に成功したバイオ医薬品は高くてもバカ売れした。今や医薬品の売上トップ10ランキングはバイオ医薬による寡占状態となっている。抗リウマチ薬のヒュミラ(アッヴィ)、レミケード(J&J)、エンブレル(アムジェン)。抗がん剤のリツキサン、ハーセプチン、アバスチン(いずれもロシュ)、などなど。日本オリジンのものは、上位に一つもない。
<低分子薬、バイオ医薬の特徴>
創薬には膨大なエネルギーが必要だということは誰もが知っている。ただ、低分子薬とバイオ医薬では創薬プロセスにおいてエネルギーを要する部分が大きく異なる。
低分子薬は、一にも二にも化合物の探索工程に最大の困難が存在する。あれでもないこれでもないと研究室でひたすら合成を繰り返す。そうして何かの薬らしきものが出来上がり、臨床試験で何かの病気に有効に作用することを証明する。開発には偶然も入り込むので、当初の意図とは違う疾患に対して機能してしまうことも多くある。そして、いったん化合物を特定できてしまえば、製造自体はただの化学合成なので比較的容易にできる。
一方、バイオ医薬の創薬における付加価値の大半は生産プロセスにある。低分子薬と違い、目指すべき物質は遺伝子解析などによって特定されているのだが、バイオ医薬(抗体医薬)は哺乳動物細胞を用いて培養する必要がある。動物細胞培養は大量培養方法を確立することがとても難しく、生産コストは低分子薬とは比較にならない。高度なノウハウと大規模な培養槽が必要で、これを製薬会社が自社で有することは容易ではない。したがって、バイオ医薬の生産にあたっては受託製造会社(バイオCMO)へのアウトソースが多用される。サムスンはバイオCMO世界一を目指し、大規模工場を建設している。
<ジェネリック薬とバイオシミラー>
化学合成で製造される低分子薬は、化合物さえ特定できればオリジナル品と同じ品質の製造が容易だ。だから低分子薬の後発薬を製造するジェネリック医薬メーカーは、大規模な研究開発をしなくても、特許が開放された先行薬を、臨床試験なしに安価で市場投入できる。品質はオリジナルと同じだから医師は勧めやすいし患者も受け入れに抵抗がない。医療費削減待ったなしのアメリカで特許切れの低分子薬があっという間に前年対比売上8割減などと崖から転がり落ちるのはこのためだ。これをパテントクリフと呼ぶ。
バイオ医薬は先述したように化学合成ではなく細胞培養で生産するので、特許が開放されたとしても有効成分をオリジナル品と全く同じにすることは不可能である。そのため、バイオ後発薬はジェネリック薬と区別され、「バイオシミラー」と呼ばれる。シミラーはsimilarで、先行薬に"似ている"というだけだ。有効成分が微妙に異なるので新たに臨床試験を通過する必要があるし、探索ではなく生産にコストがかかるので、先行薬と比較して劇的なコスト削減が見込みにくい。その上、似ているだけに過ぎないバイオシミラーは医者と患者、双方の立場からしても選択しづらい。医者は実績のないバイオシミラーを勧めることによる訴訟リスクを恐れるし、患者も保険適用で自己負担があまり変わらないのなら、実績がある先行薬にしたいと考えるのは至極当然の帰結だろう。
以上の事情により、バイオシミラーの普及には乗り越えるべき多くの壁が存在する。それは裏を返せば特許切れによっても先行薬メーカーの有意性は揺らぎにくいことを意味している。
<バイオベンチャー>
バイオ医薬の開発で世界を主導する欧米企業においても、自社でバイオ医薬品を開発した企業はほとんどない。その代り、有望な開発を行っているバイオベンチャーを次々に取り込んで自らのものにしていった。バイオの将来性に着目した欧米企業が動き始めたのが1990年代後半だったのに対し、生活習慣病領域で強い競争力と高い収益を上げていた日本企業が本格的に腰を上げたのはそれからおよそ10年後のことだった。しかし日本には大規模培養槽もなく、生産に必要な培地・試薬・血清などの消耗品も欧米メーカーに押さえられ、クリエイティブな開発環境からは程遠いバイオ医薬開発の僻地になっていた。
いずれにせよ、日本がこの分野で欧米に追い付くには、少し前に株式市場を賑わせたバイオベンチャーの成否がカギを握っている。バイオで負け続ければ、医薬品における日本の貿易収支は大幅な赤字が長期にわたって続くことになる。是非とも頑張ってほしい。
<バイオ株への投資にあたって>
再生医療など、低分子でもバイオでもない新たな創薬領域の萌芽がわずかに確認できるものの、今後しばらくはバイオ医薬品がますます勢力を伸ばし、難治性疾患の治療に貢献していくことだろう。この流れは止まらない。バイオベンチャーに夢を見るのも楽しいかもしれないが、アムジェンなどの既に仕上がったバイオテック大手への投資は、安定的なリターンをもたらしてくれるはずだ。
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