アメリカ医療制度に関するお勉強

 日本や韓国、欧州など、多くの先進国に公的医療保険制度が導入されているのに対し、医療大国アメリカでは皆保険制度が存在しない。基本的に個人(または個人が所属する企業)が民間保険会社の保険プログラムを購入する仕組みになっている。保険運営が民間であるがゆえに、利益が重視される。そのため、公的保険のように何でもかんでも保険適用となるわけではなく、原則として保険プランが承認した医療機関を利用しないと、保険が使えないか、患者の自己負担率が増える仕組みになっている。保険適用範囲の厚さも支払う保険料次第。薬の値段や種類、医師すらも保険によって異なる。
 雇用主は医療給付を義務付けられていないので、従業員への保険提供はひとえに優秀な人材確保のためということに尽きる。勤務先の企業が業績絶好調のエクセレントカンパニーなら、自己負担額がとても少なくて済む手厚い保険パッケージを提供してくれるだろうし、業績の悪い中小企業なら気持ち程度の保障があるパッケージしか提供されなかったり、ひどければ雇用主提供保険に加入していないこともザラにある。強制保険でないから、無保険者が15%もいる。病気や怪我をするのも命懸けとなる恐ろしい国だ。

 そんなアメリカにも公的保険というセーフティ・ネットがないわけじゃない。ただ、カバーするのは高齢者向け(メディケア)と、民間保険に加入できない低所得者向け(メディケイド)のみ。二つ合わせて人口の30%が加入している。驚くべきことに、たった30%の人たちしか対象としていない医療費の政府負担額は、国民一人あたりに換算すると日本や英国などの皆保険の国とほぼ等しくなる。アメリカの医療費はそれだけべらぼうに高い。アメリカの医療費はGDP比で17%にも上る。日本は10%だ。
 確かに医療技術は他の先進国と比較して高度に違いない。しかし、その高い医療費と高い医療技術がアメリカ国民に何をもたらしてくれているのだろう。WHOによると、アメリカ人の平均寿命・健康寿命はともに日本より6歳程度短い。アメリカの自己破産の6割は医療費が原因であると言われる。このような感じだから、アメリカ医療と医療保険制度は自由市場の失敗例として語られることも多い。
 オバマ大統領は国民皆保険を目指し、無保険者や、既往歴などを理由に保険提供を拒む保険会社に対して罰金を科すオバマケアを2014年に施行したが、これも公的保険ではなく民間保険会社を使った枠組みであった。そして法施行によって保険料が跳ね上がるなど大きな弊害が生じており、ついには上院・下院でオバマケアの廃止法案が可決されるに至った。もはや並大抵のリーダーシップではアメリカ医療の惨状を改善することは不可能であり、大統領選の争点も、せいぜい1錠1,000ドルもするような薬価を設定しているバイオ医薬会社を叩いて牽制するなど、もぐら叩きのようなことしか言うことが出来ない。


 さて、アメリカの医療保険会社は概ね以下の企業に集約されている。
・ユナイテッドヘルス・グループ(UNH)
・アンセム(ANTM)
・エトナ(AET)
・シグナ(CI)
・ヒューマナ(HUM)
 いずれも上場企業だ。過去のリターンはどの会社も似通っていて、S&P500を圧倒している。

 特に2014年度からのアウトパフォームが大きい。


 そして医療保険会社の下請けとして、薬剤給付管理(PBM)会社がある。
 PBMとは、保険者、製薬会社、医療機関、患者といった様々な利害関係者の間に立って、医薬品コストや疾病管理の観点から薬剤給付の適正マネジメントを行う機能を言う。

 要約すると
(医療保険大手)「おい、PBMさんよ。俺の専門は保険の数理計算なわけであって、患者からの保険請求が適切かどうかなんて一件一件チェックしきれないわけだ。患者さんが馬鹿高い薬や医者を選択して保険料に見合わない保険金請求をかけてこないよう、おたくが責任を持って管理してくれよ」
ということ。

 代表的な会社はエクスプレス・スクリプツ(ESRX)だが、PBMは100社ほどがひしめいており、競争は非常に激しい(とはいいつつ、上位3社でシェア70%の寡占状態でもあるわけだが…)
 例えば、2016年初頭に医療保険大手アンセムが、エクスプレス・スクリプツに対して医薬品コストの節減分を年間で30億ドル還元できない場合、提携を解消し競合他社に乗り換える方針を示したことで、エクスプレス株が急落したことがあった。だからPBMは高額な医薬品を保険対象外にしたり、必死に保険会社のためにコスト削減を行っている。(例えばエクスプレスはバイオ医薬大手ギリアド・サイエンシズの画期的なC型肝炎薬ソバルディの薬価が高すぎるとして保険対象外とし、競合アッヴィのヴィキラ・パックのみを給付リストに加えたことがあった)
 また、医療保険大手によるPBM買収も盛んに行われている。なぜならPBMこそが薬剤処方の入り口であり、保険コストの抑制に直結するからだ。
 日本では40%程度しかないジェネリック医薬の普及率がアメリカでは90%に達するのは、医療保険が民間運営に委ねられているがゆえ、安価なジェネリック普及に対する強力なインセンティブがPBMに働いているからに他ならない。

 さて、投資の話に入ろう。オバマケアという米国医療のパラダイムシフトですら製薬大手や医療保険会社のビジネスモデルに致命傷を与えることはなかったことを考えると、これらの会社に投資するにあたって政策リスクはそれほど懸念する必要はないと考える。追加の資金投入先は製薬か、医療保険か、薬剤給付か。私は医療保険会社を有力候補としたい。そのためには、もう一歩踏み込んだ分析の必要性を感じている。
 次回、アメリカ医療保険業界の各社数値を俯瞰する。

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