2016年4月20日水曜日

企業価値評価の現場と買収プレミアム

 一般的な企業価値評価算定の現場においては、お決まりの価値評価手法が存在する。
 最初にはっきりさせておかなければならないのは、ここでいう価値には2種類あって、それは明確に違うし、確実に分けて考えなければならないということだ。
 一つ目は【企業価値】。買収者は買収時にいくら支払うのか。時価総額100億円の企業を全額現金で買収するのなら、100億円がそのコストだというわけではない。被買収企業に200億円の借入金があれば、買収者は実質的に300億円でその企業を買うことになる。したがって、被買収企業の企業価値は300億円。企業価値はEV(Enterprise Value)とも呼ばれる。
 二つ目は【株主価値】。これは簡単。企業価値から借入金を控除した数値。世で時価総額と呼ばれているものがそれに当たる。
 では、それを踏まえた上で評価の現場に入ってみよう。


① 修正純資産法

 ベースにある考えは「今現在のストックこそが株主価値だ」というもの。私を含め、多くの投資家が異を唱えるであろう考え方。でも、わかりやすいことは確かだし、評価に恣意性が入り込む余地が少ないので、好んで使われる手法でもある。会社が報告するB/Sの純資産残高に修正を加えて価値を算定する。
 「修正」というが、どんなものを修正するのか。例えば、棚卸資産に不良品や長期滞留品は含まれていないか。非上場の有価証券に含み損や含み益はないか。保有土地を時価評価しているか。訴訟や罰金などの偶発債務を抱えていないか。だいたいこんな感じだ。そして修正純資産価値が導き出される。
 さて、出てきた答えは企業価値だろうか、株主価値だろうか。純資産をベースとしているので、当然株主価値です。だから、そのまま株式価格に使える。


② マルチプルモデル

 マルチプルって、倍率のこと。みんな大好きなPERだって、年間利益の何倍という評価をしているのでマルチプルモデルだ。ただ、企業価値評価の現場ではもう少し高尚(?)なマルチプルが使われることが多い。最右翼はEV/EBITDA倍率だろう。計算式をみて分かる通り、分子のEV(企業価値)を算出するために、EBITDA(利息・税金・償却前利益)を用いる。
 EBITDAなんてもんをわざわざ引っ張り出してくる理由は何かというと、金利や税率は国によって違うし、減価償却費は耐用年数や償却方法(定率法or定額法)によっていくらでも変わり得る恣意的なコストなので、そういった条件の違いを排除したイコールフッティングで企業を比較したいという要望があるから。企業買収は国をまたぐことが多いので、こういう利益概念が重宝される。そういう諸条件の違い込みで企業価値は構成されているので、私としてはEBITDA倍率は腑に落ちない評価手法なのだが、需要がある以上、目くじらを立てても仕方がない。ちなみに算出されたEVは先述の通りネットデット(有利子負債-現預金)を含むので、株主価値の算定にはそれらの調整が必要となる。
 マルチプルモデルは計算過程がとても分かりやすいので大人気の評価手法だ。理論の肝は相対評価にある。PERやEBITDA倍率の適正値は、主に市場平均や業界平均が用いられる。そこに「絶対値として妥当か」という概念はない。アカデミズム的見地からすると、そこが弱い。


③ DCF(Discounted Cash Flow)法

 企業が永久的な将来に生み出すキャッシュフローの総和を現在価値に割り引いたものこそが企業の価値だとする考えに基づく。考えという表現を用いると、いくつかある内の一つという印象となってしまうが、DCF法はそういう有象無象の類ではない。「そういう考え方もあるよね」というような中途半端な理論ではなく、定量的にはDCFこそが企業価値の正体であり、それ以外の解は本質的にあり得ない。DCFには金利、株式プレミアム、時間の価値、企業の永続性に関するあらゆる答えが詰め込まれており、文句の付けどころがない理論なのだ。
 そんなに完全な理論なら、なぜ他の評価手法が存在するのか。理由は簡単。修正純資産法やマルチプル法は「今現在」のストックなりフローなりが評価のベースになっているので評価プロセスに不透明感が少ないのに対し、DCF法における評価の拠り所はまだ見ぬ未来にあるからだ。収益のブレ、資本コストの変動などによって、将来収益の割引現在価値は大きく大きく変動する。最終的には、鉛筆舐め舐めの世界になってしまい、恣意性だらけの評価になってしまいがちなのだ。
 DCF法の難しさは理論が誤っていることに起因するのではなく、むしろ理論が完全に正しいからこそ、「企業の本源的価値を算定する」という本質的な難しさが可視化されていると考えるべきだ。
 DCF法で算定される評価も、企業価値であり株主価値ではない。だから、株価算定にはDCF評価からネットデットを排除しなければならない。



 このような感じで評価者は株主価値をはじき出した後、さらにいくつかの調整を加える。代表的なものが「非流動性ディスカウント」と「マイノリティ・ディスカウント」だ。それぞれ株主価値に対して△20%くらいの減算要素となることが多い。

 非流動性ディスカウントは非上場株の買取り時に適用される。要するに、
「うちが今買わなけりゃ、他にいい買い手がいつ現れるかわかんないよ。おたくは上場してないから市場で簡単に現金化もできんでしょう。だから、株式価格を値引きしろ」
ということ。
 マイノリティ・ディスカウントは少数株主から株式を買い取る時などに適用される。要するに、
「おたくは被買収企業の2%株主でしょ。そんな程度の議決権じゃ、意思決定に係る株主提案なんてなんにも出来なかったでしょう(笑)。算定された株主価値っていうのは、会社の事業運営にフルコミットする前提のものであって、マイノリティ株主は当然、価値の全額評価を享受できるなんてことはないんです。わかったら、株式価格を値引きしろ」
ということ。

 酷いね。ただ、マイノリティ・ディスカウントの存在は上場企業の時価総額に対する示唆に富んでいる。ほとんどの上場企業は突出した議決権株主を持たない少数株主の集合によって構成されている。つまり、全ての株式に対してマイノリティ・ディスカウントが加味されているということであり、その総和である当該企業の時価総額はピュアな株主価値ではないということになる。
 M&Aで支配権を獲得する時、買収企業は個人投資家をはじめとする少数株主からマイノリティ・ディスカウントを加味したままで買取れれば言うことないのだが、そうするとTOBで集められる株数に限界が生じてしまうだろう。だから、時価に数10%の価格上乗せを行うこと場合が多くなる。この時、価格上乗せ分の内部は買収企業のマジョリティ・プレミアムと整理することが可能だ。実際にはプレミアムというより、本当はディスカウントしたまま買い取りたいのだが、フルコミットベースの通常株主価値で買取ってやるよというわけ。PER30倍とか、直近株価に対し40%のプレミアム付きなんて風に、「えっ、そんな高値で買っちゃうの」という現象の背景には、こういう理論的裏付けがある。ただ、本当にマジョリティ・プレミアムに20%の価値なんてあるのかね。だったら私はいつまでたっても弱小のマイノリティでいい。

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