外圧は企業を変える

 典型的な日本企業の例として勤務先の話をしよう。

 海外売上高比率が高く、グローバル企業を標榜しているとはいえ、祖業は超ドメスティックな事業だったこともあり、社風はザ・日本企業といった感じだ。
 何より問題なのは意思決定プロセスだった。
 重要な経営の意思決定は、全て非公式の"ジゼン"で行われる。ジゼンとは、"社長への事前説明"を略した社内用語である。
 大規模な設備投資や子会社の買収などの派手な案件から、月次採算報告などのルーティンまで、あらゆる取締役会付議件名はジゼンを経なければならない。
 ジゼンの常任メンバーは会長、社長、経営企画担当取締役であり、案件の内容によっては経理担当役員などが追加で出席する。もちろん、彼らは取締役会のコアメンバーでもある。
 さて、無事ジゼンを通過した案件が会社法で定められた最終意思決定機関である取締役会に付議される。ジゼンの常任メンバー以外の取締役会は、当該案件について多くの場合その場で初めて説明を聞くことになる。複雑かつ影響額の大きい案件であればあるほど付議資料だけでは情報を網羅しきれるわけはなく、普通なら色々と質問したり、難癖をつけたりしてみたくなるはずだ。しかしそれは出来ない。ああそうだ、私がヒラトリ(平の取締役)でもしないだろう。なぜなら、その案件は既にジゼンを通過して、会長、社長の事実上の承認を得ているからだ。口を閉じていた方がいい理由は他にもある。ヒラトリの大半は、業務執行取締役として事業部門の責任者でもあるので、他の案件では自分が付議者となる。つまり、今目の前に付議されている突っ込みどころ満載の案件にケチをつけまくれば、いつかは自分が作ってしまうであろう突っ込みどころ満載の付議案件が質問攻めのリスクに晒されることになる。
 これが形骸化というやつに違いない。何かしら防波堤はないのかと周りを見渡してみる。そういう社内力学からある程度距離を置けるはずの社外の人間だって取締役会にいるはずだろう。
 いた、いたよ確かに。ただ、社外"監査役"に過ぎなかった。監査役という肩書では、やはり弱い。弱いので、口をつぐんでいる。
 こうして取締役会は、シャンシャンと終わる。そうなることを知っているからこそ、案件を付議する側の意識も事実上の意思決定機関であるジゼンに集中する。ジゼンでの説明は、資料よりは口頭での補足説明が中心で、議事録も残らない。つまり参加メンバー以外には可視化されない。説明内容が社長による厳しい批判の目に晒されるかというとそうでもない。典型的な日本企業はボトムアップ型の意思決定が常態化しているので、社長はよほどのことがない限り事業部門が提案してきた案件を否認できない。だから事業部門もテキトーとは言わないまでも、それなりの説明を準備すれば大丈夫だと考える。こうして説明責任がなおざりに、意思決定プロセスがブラックボックス化されるのである。

 しかしここにきて潮目が変わる。会社はいきなり社外"取締役"を3人も導入した(そのうちの二人は元社外"監査役")。そして取締役会と並行運営していた非公式の意思決定機関のいくつかを廃止して、取締役会に権限を集中させた。変革の直接的なきっかけは、東証が策定したコーポレート・ガバナンスコード(CGC)だ。私は当初、形だけCGCに合わせにいく単なるポーズだと侮っていたのだが、その見方はシニカルに過ぎたことをすぐ目の当たりにすることになる。(取締役会に陪席しているので、文字通り"目の当たりに"している)
 社外取締役たちは、付議された資料に曖昧な部分があれば遠慮なく質問し、将来収益に対するリスクの見込みが甘いと考えると苦言を呈しさえした。かつてはお行儀よく黙っていた元社外監査役も、取締役の肩書を得た途端、突如として肩書に相応しく取り締まり始めたのだ。何より感動させられたのは、疑問や苦言が形式的なものではなく、説明や検証が不十分な案件は実際に差し戻しや否決に繋がったことだった。
 こうなると、付議する方も気が引き締まる。「このような曖昧な市場予測では、社外取締役を通らない。もっと詳細に検証しろ。」などという声が社内から聞こえてくるようになった。

 なんと低レベルな、とあなたは笑うだろうか。それも仕方ない。確かに低レベルなのだから。ただ、従前はこうした最低限のレベルにさえ到達していなかった。そこに「経営」という概念は存在していなかった。それが今、様々な問題を孕みつつもなんとか経営の真似事が出来るレベルに押し上げられたのだ。
 たかがルールと馬鹿にしていたCGCによって社外取締役が増え、そのことが取締役会を活性化させた。ルールは企業を十分に変え得るのだ。これは我が勤務先だけの特殊事情ではないという確信がある。ガバナンス後進国の汚名は、これから少しずつ返上されていくことになるのかもしれない。決して過度な期待せず、しかし、じっくりと見守りたい。

コメント

  1. いつも楽しく拝見しております。

    「取締役会と並行運営していた非公式の意思決定機関のいくつかを廃止」の要因はなんだったかが気になりました。

    ここがなくならないと、その後の取締役会の空気読まない会議にならない気がしました。

    ここにきて、監査委員会等設置会社に移行する企業も増えており、経営がさらに機能すると信じたいです・・・。資産バリュー投資が多いものですから・・。

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    1. 実際のところ、意思決定プロセスを変革する必要性は社内にもともと燻っており、CGC策定を機に、それを御旗にして経営企画部門が実態を伴う改正を打ちだした側面があります。ひばりさんが仰る通り、非公式の意思決定機関を出来る限り潰していかない限り、肝心要の取締役会にあげられる頃には付議案件が既定事実化してしまいますからね。

      だから、要因は何だったのかという問いに対しては、「自らもガバナンス向上を望んだ」ということに尽きるかなと。本当に、捨てたものじゃないなと感心しました。
      コテコテの資産バリュー株となっている企業のガバナンス不足は弊社よりもっと深刻だと思うので、名指し批判されるなどの劇薬なしにはなかなか変わるのは難しいかもしれませんね

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  2. 返信ありがとうございます
    名指し批判はチキンなので、できませんわ

    誰かが言っている後ろで、そうだそうだという姑息な投資を目指します。
    また、来年も楽しみにしております!

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