2017年7月11日火曜日

EV/EBITDA倍率の問題点

 問いは不意に投げかけられる。

 突然だが、これ、どっちが割安でしょう。


 こんな限られた情報でどちらが割安か即答できれば株式投資に苦労はない。あなたはそう思いつつ、私の宿題にしぶしぶ付き合ってくれる。
 誰しも真っ先に目が行くのはg列とh列。
 同じPERの2つの銘柄。しかしEV/EBITDA倍率は大きく違う。
 d列を見る。一つは無借金。一つは借金まみれ。

 ではもう一度。A社とB社、どちらが割安か。
 あなたはしぶしぶ答える。「PERは同じだけど、EV/EBITDA倍率が割安なA社じゃないのかね(他に判断基準がないからこう答えるしかないだろうが)」

 その回答に私からコメントする前に、EVとEBITDA、そしてEV/EBITDA倍率についておさらいしておきたい。
 上記の表を見てもわかる通り、EV(Enterprise Value)は有利子負債と時価総額の合算だ。時価総額はいいとして、なぜ有利子負債が企業価値を構成するのか。それは買収時をイメージすると理解が早い。例えばB社を買収するとしよう。市場に流通する株式を全部買い集めれば時価総額分の395のお金が必要になる。あなたはそれを銀行からの借入金で工面する。さあ、これでB社は晴れてあなたのものだ。するともれなく有利子負債1,500もあなたの連結バランスシートに組み込まれる。結局、あなたがB社を買収することで増加した有利子負債は、株式の買い集め用に工面した395と、B社がもともと持っていた有利子負債1,500の合算である1,895となる。これが有利子負債が企業価値(≒買収対価)を構成するということの本質といえる。
 次にEBITDA。Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation & Amortization。利息と税金と償却費が控除される前の利益。早い話が、営業利益に償却費を足した数値に近似する。ノンキャッシュ費用である償却費を足していることからわかるように、EBITDAは概念として営業キャッシュフローに近い。
 そんなEBITDAでEVを除すというのは、つまるところ「お前のキャッシュフロー創出力で買収価格を何年でペイできるんだ」と問うている。だから、EV/EBITDA倍率は投資回収年数を意味するので低い(短い)方が良いに決まっている。普通の教科書にはそう書いてある。

 だが、私に言わせればそこで終わってしまうのは明らかに思慮が足りない。企業買収シーンではそこそこ妥当な指標だとしても、パーシャルオーナーたる個人投資家にとって、EV/EBITDA倍率によるバリュエーション評価はあまり意味をなさない。私はそう考える。


 当たり前のことを思い出そう。B社の有利子負債は返済期限が来ても借り換えればいいだけだということを。減らす必要がないものに対し、一体全体、なぜ(営業)キャッシュフローで全額返済するかのような前提の指標を持ち出さなければならないのか。

 高い借り入れ比率は、むしろ事業の安定性の証拠である場合も多い。B社の事業はA社のそれに比べてはるかに安定しており、だからこそ傍目にはハイリスクな借り入れ依存に踏み切れているのかもしれないのだ。その時、EV/EBITDA倍率でははるかに割高に見えたエクセレントカンパニーであるB社の方が、収益変動が大きいがゆえに無借金経営というバッファーを持たざるを得ない凡庸なA社と同じPERで売られているという構図が浮かび上がる。
 EV/EBITDA倍率19倍の会社が5倍の会社よりはるかに割安であるかもしれないという主張は奇妙に思えるかもしれないが、バリューエションにおいてこれはありふれたことなのだ。

11 件のコメント:

  1. A社とB社の資産が同じなど仮定付きですが、A社のほうが割安だと思いました。
    A社のほうが柔軟な資本政策が可能だからです。
    A社は有利子負債を調達してEBITDAを増加させる投資に振り向けることもできるし、自己株買いに回すこともできます。

    VRXのように配当よりも有利子負債返済を優先するようになると困るので有利子負債/EBITDA比率は意識する必要があると思いますが、EV/EBITDA倍率によるバリュエーション評価はあまり意味をなさないというのはおっしゃる通りだと思います。

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    1. A社とB社の営んでいる事業の質が同じで、経営陣の資本コストに対する造形の程度も同一であれば、今後採用し得る資本施策の柔軟性からA社の方が割安である、というのは間違いないですね。
      ただ、A社が利益の水準の高さや業績の安定性ではなく、単に過去、株主還元を渋ってきたがゆえに無借金である場合、今後、突如として最適資本構成を意識した経営に舵を切るという期待は出来ないので、(業績さえ安定していれば)やはり私はB社を購入するでしょう。結局のところ、「どうして今、このような財務状況になっているのか」という背景なしには割高割安を語れない。そこに株式投資の面白さを感じます。

      とはいえ、当期時においてB社の有利子負債残高の前提を極端に高く積みすぎたかもしれないなという反省があります。これじゃ金利上昇リスクに対しあまりにも脆弱な会社じゃないかといわれれば反論できない…


      ところで最新のブログ記事を拝読しました。フットロッカーを購入されたのですね。一緒にアマゾンリスクに怯えながら次の決算発表を待ちましょう。

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    2. フット・ロッカー、つい先日さらに買い増してしまいました。もう少し下がればSTXなども考えたのですが。
      決算を待たずに、消費者がオンラインでの靴購入に流れているのかがわかる先行指標がないかと思い、Google Trendなども見てみたのですがなかなか相関を考えるのが難しいです。
      アマゾンリスクに株価がやられてるFoot Locker、Abercrombie & Fitch、Nordstrom、GapがretailのFANGだ!とネットで揶揄されてるのを見ました。リスクはリターンへの源泉と信じて待つしかないですね。

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  2. 若干違う点について聞きたいですが、仮に今の低金利の状態で今度両社とも利益が倍増した場合、株価に影響するEPSの方では自社株買いなどがなかったら両社とも2倍に増えるのでしょうか?

    損益計算書的に例えば前年と同じ利益なら、前年と同じ利払い費用で前年と同じEPSになると思いますが、利益倍増したら、無借金のA社はそのままシンプルにEPS倍増ですが、B社は利益から支払う利払い部分の割合が小さくなるので、EPSは2倍を超えてもっと上がりやすいでしょうか?

    ちょっと説明が下手ですみませんが、要するに無借金銘柄と財務レバレッジがかかってる銘柄が同じPERで成長性も同じなら、単純計算で後者が上がりやすいかどうか。
    具体的な銘柄で言うと、JNJとPMが共に営業利益を2倍を増やした場合、自社株買いがなくて金利も低い状態なら、PMのEPSがより伸びるかどうか、知りたいです。
    よろしくお願いいたします。

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    1. 結論としては、利払い前利益(面倒なので営業利益としましょう)に対して利息費用が大きな企業ほど、営業利益の増加率に対する当期利益の増加率にはレバレッジがかかります。

      営業利益がともに100のA社、B社があり、A社は支払利息が40、B社は0。営業利益より下は利息以外の費用がないとすると、A社の税前利益は営業利益と同じ100、B社は60です。
      両社の営業利益が2倍になると、A社の税前利益は200と2倍なのに対し、B社の税前利益は営業利益200-支払利息40=160で、2.7倍になります。

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  3. ありがとうございます。
    もしPMのアイコスとBTIのグローが共に同じぐらい爆売れしてて営業利益が同じぐらいの率で増えた場合、他の諸条件が以前と変わらないとすれば、債務超過-30%以上のPMの方が、自己資本比率20%以上のBTIよりEPSは伸びやすいのでしょうか?

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    1. 正確には自己資本比率ではなく、利払い前利益に対する利息費用が影響するのですが、利益率に極端な差のないPMとBTIであれば、そのように言えるでしょう。増益率にレバレッジがかかるということは減益率についても同じことが言えますし、金利変動リスクに晒されているということも思い出しておきたいところです。

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  4. やはりPMが若干ハイリスクハイリターンな傾向があるわけですね。
    どうもありがとうございました。

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  5. まぁ、単純にPERが低いB社が割安になるかもしれませんね。
    今後の業績推移を考慮しないのであれば。

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  6. 利益に対する有利子負債が多いので、B社はリスクの高い投資になると思います。
    僕が投資をするならA社かな。

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    1. ちょっと前提を極端にしすぎてしまったのは反省点です。別にB社の借入金がこの三分の一でも主張は伝わったはずなので。

      以前はある程度の借り入れは正義であるという趣旨のことを連呼していましたが、最近はみんなが言うようになってきたので、私の方はすっかりトーンダウン気味です。

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