2016年3月25日金曜日

最強の競争優位性とは

 金融サービスや石油メジャーなどはどれも似通った事業を行っており、しかも競合が大勢いる。しかし、業界の中の一部の企業は長年にわたって高いバリュエーションとパフォーマンスを維持しており、レッドオーシャンに飲み込まれることを回避している。ありふれた事業をありふれた戦略で行っているだけなのに、競合他社の利益水準とは一線を画している企業は確かに存在するのだ。


 例えばウェルズ・ファーゴ。低金利が世界中を覆い尽くす今、PBRが1倍を上回っている大手金融機関は世界でも数えるほどしかなく、当社はそんな数少ない1社だ。しかし、この時価総額で米国最大の銀行も、表面的には住宅ローンという単純な事業に強みを持つだけの巨大なリテール・バンクに過ぎない。JPモルガン、モルガン・スタンレー、そして何と言ってもゴールドマン・サックスらは複雑な金融商品を巧みに組成したりトレードしたり、M&Aアドバイスで多額のフィーを得たりと、高度な付加価値を提供している金融業界の花形企業で、社員は日本のサラリーマン社長を優に上回るような高給をほしいままにしている。それに比べれば、ウェルズ・ファーゴの社員は言っちゃ悪いが業界で二流扱いされている。自宅と会社の往復しかしない、冴えない色のネクタイを締めた真面目なメガネ君。日本のメガバンクよりはまあマシな程度のイメージ(関係者がいたらごめんなさい)。社員の転職市場での価値は前述の華々しい企業群より明らかに劣る。だけど、どの企業もウェルズ・ファーゴの効率性に並ぶことさえできない。当記事執筆時点のPBRはJPモルガン1.0倍、モルガン・スタンレー0.7倍、バンク・オブ・アメリカ0.6倍、ゴールドマン・サックス0.9倍、そしてウェルズ・ファーゴ1.5倍。私が思うに、金貸しという事業を無駄なく効率的に行うことに関し、複雑な金融工学の知識やスーパースターは必要ない。必要なのは自らの領域を愚直に改善する執念であったり、真面目さであったりするはずだ。だから最良の銀行の社風は地味にならざるを得ない。唯一、当社に効率性で比肩する銀行がUSバンコープ(PBR1.8倍)という、これまた地味で冴えない印象の会社であることは、決して偶然ではないと思う。


 そしてまたエクソン・モービルがある。当社も他の石油メジャーと同じように、石油探査・開発などのアップストリーム部門から化学と精製などのダウンストリーム部門まで包含する垂直統合型の企業であり、形式的なビジネスモデルに何ら優位性はない。しかし、トリプルAを付与された財務基盤は最も盤石であり、利益水準は高く、しかも原油価格下落に対する耐性が強い。何がエクソンをそうさせているのか。近頃読んだ本にそのヒントがあるような気がする。
 スティーブ・コールの『石油の帝国』によれば、エクソンの社風はシェブロンやBPとは異質であるという。当社は厳格な規律と、ある部分で洗練さを欠いた、技術とオペレーションの会社であるという。私が特に印象に残ったパートは以下だ。

【エクソンは、ロックフェラーの遺産である規律、厳格さ、技術開発、そして情け無用の競争といったものを最も忠実に受け継いでいた。1990年代に、シェブロンを長年経営してきたエド・ショウは、「プロジェクトにはいろいろなやり方があり、その中にはエクソン流がある」と述べている。】

【同社のロビイストたちは、採掘現場や精製所と同様、規律ある階層的な社内秩序に則って業務に従事した。彼らの用意した論点説明は、「これが、当社が信ずる最善の方針です」といった機械的な調子で行われた。(中略)他社のロビイストは述べた。「あなたが彼らと話すと、『なぜ壁に向かって話をしている気分になるんだろう?』と思うはずです。なぜならその通りだからですよ。彼らは本社の承認なしには譲歩できないんです」。またある共和党スタッフはエクソンモービルのワシントン事務所スタッフについて「彼らは非常に正直だ。また、時として鈍感だ」と評している。】

【同社のリスクマネジメントへの動きは次第にカルトの様相を呈し始めていた。(中略)コーヒーポットのスイッチを切り忘れたら書面で譴責された。車を駐車する時はバックで駐車しなければならなかった。そうすれば緊急時に視界を確保でき、意図せず同僚を轢く恐れが減るからだった。施設での長い直線車道でのスピードを抑えるため、スピードガン付きの信号まで導入した。(中略)統計化し報告すべき負傷の中に、食中毒、蜂による刺傷、ホチキス針による刺傷、紙による切り傷が含められた。】


 これらの描写がどれだけエクソンの本質を代弁しているのか知る由もない。しかしおそらく、この融通が利かず、官僚主義的で、野暮ったい社風こそが、石油産業におけるエクソンの強みなのだという確信めいたものを感じる。石油開発は長期にわたるコストコントロールが必要である一面でプロジェクト毎の採算は原油価格に大きく左右されるのでどんぶり勘定にならざるを得なくもあるタフな事業だ。その中で頭一つ飛び出そうと思ったら、革新性などむしろ邪魔な存在になり得る。必要なのは安全、採算分析、リグや工場操業などのオペレーションを極限まで効率化し尽くすマシーンのような性質なのではないか。


 競争優位性というと真っ先に思い浮かぶのはビジネスモデルだったりするのだけど、これらは外野から見てもその強さを論理的に説明できるがゆえに真似ようと思えば真似られるものも少なくない。
 一方、企業風土が強みだと主張することには抵抗が伴う。どうにも素人っぽくて、ほんとかよと突っ込まれると反論できない。少なくともビジネススクールでは好まれない話題だろう。しかし、ウェルズ・ファーゴやエクソン・モービルが競合より効率的である理由をビジネスモデルや大きな戦略に見出すことは難しい。傍目には彼らは突出した無形資産や魅力的なポジションを有しているようには見えない。だからきっと、彼らの強みは彼らの行動様式それ自体に潜んでいるのだ。そして企業風土というのは 一朝一夕には変えられない。真似できない。
 自らが身を置く業界に最適化された企業風土を持つ企業は、案外、他社が追随できない最強の競争優位性を持っているのではないか。これらを説得力溢れる言葉で証明できたら良いのにね。

4 件のコメント:

  1. 素晴らしい記事ですね。人や風土の強さは模倣が困難ですので、同条件での戦いでは最大の強みになると思います。
    私の記事の逆サイドから見たような内容で視点が多角的になります。

    返信削除
    返信
    1. 企業風土に底知れなさを感じる日本企業と言えば、キーエンスとファナックが真っ先に思い浮かびます。
      キーエンスは法人税減税があるたびに、それを最大限生かすため決算期を毎回変更する合理性。
      ファナックは一時期企業HPが存在しなかったり、あらゆるものが黄色だったり、ご丁寧に有価証券報告書に役員の学歴まで記載してあり、しかも例外なく東大だったりするというのはもちろんの事、数パーセントの業績変更をわざわざリリースしてくる細かさと正確さに、当記事のエクソンに通じるものを感じます。そしてそれこそが両社の強さを構成するものの一つであるとも。

      削除
  2. キーエンスとファナックはどちらも興味深い企業ですね。ファナックの高収益の理由はまだ腑に落ちていないのですが、キーエンスについては古くなってしまいましたが過去に記事にしたことがあります。
    よかったらご覧下さい。
    http://www.spotoushi.net/archives/42361445.html

    返信削除
    返信
    1. 拝読しました。キーエンスの高収益をビジネスモデル的に言えば、まさに「値付けがコストマークアップでない」というところに尽きますね。そして株主還元に積極的でないうえ常に株価も高いので、投資対象としての魅力は薄いというのも同意見です。
      日本株では、魅力あるビジネスを営んでいて、株主利益にも意識が向けられており、尚且つ株価が常識の範囲内という条件の揃った銘柄が本当に少ない。市場特性という一言で片付けていいのかどうか、この辺も追求してみると面白そうです。

      削除