バンガードは何が違うか

 "資産運用会社"というより、もはや"運用インフラ会社"というのが実態に近くなっている2大巨頭のブラックロックとバンガード。
 ブラックロックへの投資にあたっては最大ライバルのバンガードがどのような企業であるのかという理解も欠かせない。

 バンガードは非上場会社のため、残念ながら市場を通じてその株を取引することはできない。そして会社形態はミューチュアル・カンパニー、日本語訳をすれば相互会社だ。同社の低価格はその特異な企業構造による部分が最も大きい。

 相互会社とは何か。日本では日本生命や明治安田生命のように、生命保険会社が相互会社の形態を採っていることが多い。顧客と社員と株主が一致するような組織であり、他には生協のような協同組合も相互会社と同じような構造になっている。加入者が寄り集まって相互会社の社員となり(それは預金の拠出や年会費支払いや保険料支払いなど)、分配を得る(低金利での借入や食料品購入や保険金受取りなど)。オフィスの中でそれを切り盛りしている、一般に私たちが社員とイメージする人たちは職員と呼ばれる。
 相互会社であるバンガードの投資信託やETFを保有する契約者は、投資した商品の損益だけでなく、バンガード社の運営状況にも利害を持つことになる。すなわち同社の株主になることと同義だ。株主になったからには加入者増加でバンガード社が利益を上げればその恩恵に与れることになるが、その利益の還元は通常の株式会社と違い配当という形で行われるのではなく、信託報酬の引き下げによって実現される。
 資産運用会社のコストの多くは人件費という名の固定費となっているため、加入者増加で手数料収入が増加すれば、利益率はぐんぐん改善していく。いや、"利益率の改善"という表現はブラックロックに相応しく、バンガードにとっては"投資単位当たりのコスト低減"となる。ETFへの資金流入加速によって業界には多額のネットインフローが発生しており、バンガードはそれをテコに経費率の引き下げを行っている。手数料が下がればさらなるインフローを呼び込み、それがまた手数料引き下げに繋がる。
 ブラックロックのような上場会社の場合そうはいかない。きっちり資産運用手数料で利益を出して、それを投資家へ還元しないとCEOが解任されてしまうからだ。私のような外部株主の存在が、ブラックロックのバンガードに対する低コスト化の障害となっているのだ。
 もちろん、外部株主というアウトサイダーの存在はブラックロックやiShares ETFの投資家にとって悪いことばかりではない。市場が不調な時、あるいは資金が流出する時、その損失をアウトサイダー株主が代わりに引き受けてくれる。バンガードの場合は投資家と株主が一体となっているため、株価下落を食らった挙句、手数料上昇(株主の立場として考えればバンガード株価の下落に相当)というダブルパンチが待っている。また、これは個人的な意見に過ぎないのだが、資本が有り余る21世紀において「相互扶助」というコンセプトの下に構築された組織は、純然たる資本主義的存在に対して脆弱なのではないかと考えている。バンガードの株主-すなわち同社が設定するファンドやETFの投資家-が同社の長期展望に興味を持ってその運営の巧拙をモニタリングし続けるということは、非常に困難なように思う。なぜなら、バンガードへの出資には時価がなく、その運営が上手くいこうとそうでなかろうと、株主はわずかな経費率の変動にしか利害を持たないからだ。その点、ブラックロックの株主ははるかに大きなリスクを負っているため、必要とあらばローレンス・フィンクCEOの更迭も辞さないだろうし、だからこそCEOもより危機感を持って仕事に取り組むであろう。
 もちろんバンガードはそんな悠長な経営をしていないのは十分承知している。指数会社に支払う手数料を少しでも下げようと、指数の乗り換えや自社開発も行っている。徹底した低コストを追求する姿勢が社のDNAに組み込まれており、ブラックロック株主としても脅威を覚えざるを得ない。この姿勢は紛れもなく、バンガード創始者のジョン・ボーグルのものだろう。

 退屈そうなパッシブ運用業界で繰り広げられる熾烈な戦いの行く末を観察するのも、投資家に許された娯楽の一つだ。

コメント

  1. バンガードのVGTを持っているのですが、経費と組み込み銘柄くらいしか気にしておらず、バンガードの運営には全くと言っていいほど無関心でした。勉強になりました。
    それから新しくブログをつくりました、旧ブログではコメント頂きありがとうございました。

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    1. 私もブラックロック株購入を検討する以前は単に非上場の変わった会社という認識しかありませんでした。

      ブログ再開、嬉しいニュースです。名前も一新したのですね。負担にならない程度に長く続いて欲しいと一読者として願っています。

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