投資方針明文化の功罪

 投資方針を明文化することは、時々の感覚に流されがちな自分の行動を律するメリットがある。しかしその投資方針が抽象的なものであれば解釈の余地が入り込んで結局自分を律しきれなかったり、逆にあまりに明確な方針であればスクリーニングに残る投資対象は多様性を欠く結果となるおそれがある。
 そしてもし仮に『個別株投資で長期で市場に打ち勝つことを目指す』という目標を打ち立てているのであれば、自分の定めて従うべき投資方針が、市場にアウトパフォームする根拠を十分に備えているかどうかを事前に検証しなければならない。
 普通に考えてわかるとおり、それは大変難しいことだ。


 例えば次のような投資方針を定めたとしよう。
『過去25年連続増配している配当貴族銘柄10種に均等分散し、月末時価が最も低い銘柄に対して毎月50万円を投入する。』

 一見してそこそこ堅実で妥当な投資方針に思えるが、盲目的に従うにはいくつかの欠点を孕んでいる。
 まず、市場をアウトパフォームするのになぜ配当貴族銘柄でなければならないのか、という視点が完全に欠落しているところだ。当方針の設定者はこう言うだろう。「連続増配株は業績が安定しており、過去のパフォーマンスが良かったのだ」と。だが、その事実は未来のことを何も語っていない。そして、連続増配という事実を過大評価しすぎているという危険も冒している。業績横這いでも配当性向を上げてやれば連続増配は達成可能なのだ。理論的に配当の多寡と株式リターンはまったくの別物ということを忘れてはならない。
 とはいえ配当の源泉が利益であることに間違いはないので、配当貴族は確かに業績が安定しており、長期保有に適している場合が多い。ただ、それゆえ市場から過大評価されているかもしれない。上記の投資方針には購入価格についての指針がない。どのようなバリュエーションでも救われる投資というのは存在しない。
 例えばこの投資方針ではコカ・コーラとP&Gが高い確率で選定されるだろう。選定者は苦し紛れにこう言う。「両社の株価は最近冴えない不人気銘柄なので、長期的なパフォーマンスを押し上げる」と。その認識は明らかに誤っている。両社とも直近業績は目に見えて苦戦しており、それを脱出する明確なソリューションも見えない状況であるが、それでもPERは成長株のような値で市場平均を上回っている。なぜかというと、両社がコカ・コーラとP&Gだからだ。両社は十分人気株であり、冴えない株価は単にEPSが足踏みしているからというだけに過ぎない。人気状態で高止まり、という表現がより実態を表している。生活必需品のような安定した業績の企業はPERによるバリュエーション評価が行いやすいが、だからこそ、高いPERは両社株の投資パフォーマンスを著しく損なうだろう。したがって、今両社に投下される資金は、残念ながら市場を長期的にアンダーパフォームする可能性が極めて高い。

 ただ、上記の問題点も次に述べることに比べると些細なものと言える。
 最大の問題点は『月末時価が最も低い銘柄に対して毎月50万円を投入する。』という部分にある。
 相対的な株価下落率が高かったという理由だけで貴重な新規入金を機械的に投入し続ければ、選定された10社の内たった1社でもそのビジネスが完膚なきまでに破壊された場合、自らの労働が稼ぎ出す将来キャッシュフローが底なし沼の1銘柄と一緒に心中してしまうことになるわけだ。稼ぎが多いものほどこのリスクは甚大なものとなり得る。その意味において、中途半端に10銘柄分散するよりは、1銘柄集中投資の方がババを掴むリスクが減るだけまだ安全かもしれないのである。
 総合すると、市場アウトパフォームに対する理論的裏付けがなく、潜在的なリスクは大きいうえ、機械的に投資するので刺激が少なく頭も使わないこのような投資方針に従うくらいなら、S&P500 ETF一本に毎月資金を投入し続ける方がよほどマシだと言ってほぼ間違いない。

 妥当な投資方針の設定というのはかくも難しい。

 投資方針は、アルファを取りにいくというよりは、リスクを限定するということに集中した方が良い場合が多いように思われる。
 例えば『信用取引はしない』。これも立派な投資方針で、しかもリスクを限定するという点に関して非常に有効だ。あるいは『特定銘柄には1割以上の資金を投入しない』。これもそう。

 しかし投資家とは欲張りなもの。それでも投資方針でアルファを取りに行きたい場合、こんなのはどうだろう。
『最初に選定した生活必需品株が特殊要因排除後の実績PERで16倍を下回っている、あるいはS&P500の実績PERに対して20%以上低い時は、毎月20万円買い増す。』
 購入銘柄とそのバリュエーション、期間分散が方針に全て組み込まれており、なかなか良さそうではないか。もちろん弱点もあって、購入基準を満たす価格まで下がってこない限り、いつまでたっても株式を購入できず、膨大な機会損失を被る羽目になるかもしれないのだ。

 繰り返すが、妥当な投資方針の設定というのはかくも難しい。頑張りましょう。

コメント

  1. 「どのようなバリュエーションでも救われる投資というのは存在しない。」「妥当な投資方針の設定というのはかくも難しい。」は心の底から同意するところです。
    投資手法のいろいろは不毛な言い合いにもなる気がしますがまあ仕方ないというか「妥当な投資方針の設定というのはかくも難しい。」ですからね。
    自分は、配当再投資戦術はしぶとく力強いと思いますけどコカコーラは配当性向的にどーなんだろうとかはちょっと思ってしまいます。

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    1. まあ私もかつてコカコーラ、P&Gともに投資していたことがあったので、両社への投資を否定するつもりはないのです。いや、してるか...
      筆が滑ってしまったようで。

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  2. バフェット太郎様に訪問者増加お礼の記事ですか( *´艸`)
    確かに彼の買い方は沈んでいく企業にばかり強制的に貢ぐだけの
    アホな投資だと自分も思っていたのでプレノンさんの考えも聞けて良かったです。

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    1. キャラクターは違えども彼には共感するところも多く、頑張って欲しいですね。

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  3. どもどもです。

    記事の内容そのものには激しく納得です。

    ただ、「時々の感覚に流され」ても、
    全然問題ないと思うんですよね。

    常々自分のブログにも書いていますけど、
    私は朝令暮改を全然OKとしています。

    投資対象も1,2年ごとくらいのペースで、
    全面的に変更し続けてきました。

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    1. この記事も「ブレないことはかっこいい」という意見に対するアンチテーゼとして書きましたので、朝令暮改については私も何の問題もないと思っています。
      投資方針が揺れ動こうと不動だろうと個人の信条の問題なのでとやかくいうことじゃないですが、私は揺れ動くその様こそ美しいと感じますね。

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  4. 時価を均等にしていく方法は理論上は相乗平均になってしまって最適とはとても言えないみたいですね。
    http://blog.livedoor.jp/growmoney30/archives/24907302.html
    バフェット太郎氏もいつかその重要性に気づいて柔軟に対応していくと思われます。
    その点では氏のただのパッシブ運用からの転換が見られるのかもしれませんね。

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    1. 例に挙げた投資方針も、「最も時価の高い銘柄を売却して」時価の低い銘柄を買うという最悪の機械的リバランスを回避しているだけマシですが、何れにしても10銘柄全てが未来永劫盤石なビジネスを継続するという前提に立脚している点で極めて脆弱な方針なので、設定者は一刻も早く過ちに気づいてIVVを購入し、私のブラックロック株に恩恵を与えて欲しいですね。

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  5. 投資方針に売り基準を盛り込めると買い基準も明確になるのだろうかと思いました。個々人で、どれくらい相対期待リターンを推定できるか問題がありますので、「リスクを限定することに集中するのが良い」に同意いたします。

    もうひとつ、「中途半端に10銘柄分散するよりは、1銘柄集中投資の方がババを掴むリスクが減るだけまだ安全かもしれない」という表現が面白かったです。誤解されやすそうでもありますが。これは100銘柄分散でも同様ですね。既にキャッシュアウトしたポートフォリオの損益率を参照するのではなく、独立事象として、新たな投入資金はその時点でのベストに投下する方がよいのかと想像します。

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    1. 誤解されやすそうな表現になっているのは、単純に私の説明不足でした。
      ビジネスの質の変化を見ず、株価だけで新規投資先を決める場合、分散すればするほど悲惨なパフォーマンスになるということを強調したかったのです。極端な話、全上場株を対象に「一番株価が下がった銘柄」を購入し続ければ、かなりの確率で破産企業に資金を投入し続けることになりますので、だったら1銘柄選んで投資し続けた方が破産先に投資し続けるというリスクがかなり減るよねという感じです。サンクコストに捉われるなという意味ではユーリさんの書かれた内容と同じようなことを言ってるわけですが。

      それにしても、更新を楽しみにしていたのにブログを閉鎖してしまったんですね。再びブログ熱が高まることを期待して待つことにします。

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