株価は現実に追いつき売却意思を阻害する

 「売却基準を明確にせよ」と人は言う。
 そうだろう、そうだろう。「購入した時の見立てと異なる展開になった場合に売る」という基準を設定している人も多かろう。
 しかし、簡単なように見えてこれが意外と難しい。なぜかって、見立てと異なる展開になっても、株価がまるでストーカーのようにその不都合な現実に追いついてくるからだ。


 IBMの話を蒸し返そうか。
 私はウォーレン・バフェットが保有するよりも前からIBMを保有していた。購入当時、IBMはまだ連続減収モードに突入しておらず、信じられないかもしれないがケチのつけようがないほど優れた企業だった。ルー・ガースナーの改革が成功してハードウェア会社からサービス会社として華麗な転身を遂げたITの巨人は、後任のサム・パルミサーノCEOの代にその繁栄をさらに強化した。金融危機でさえIBMには傷一つ与えなかった。顧客と長期サービス契約を締結しているので、景気にいちいち左右されない収益構造だったのだ。毎年増加するフリーキャッシュフローと膨大な株主還元。そんな企業のPERが15倍だかそこらの市場平均並みで売られていた。長期投資家が損失を被る可能性は限りなくゼロに近いように思われた。

 次にほんの少し変調が訪れる。2011年にジニー・ロメッティがCEOに就任した頃、IBMは前年対比で減収を記録した。主な理由は、売上規模としてはまだかなりのボリュームを占めていたメインフレームが落ち込んだことだ。もちろんIBMは既に「メインフレームを売る会社」ではなくなっていたので、そのこと自体を深刻に捉える投資家は少なかったように思う。"トランスフォーメーション"の結果に過ぎないと。サービス収益の伸長で利益は相変わらず伸びていたし。とにかくIBMを売る理由など思いつくはずもなかった。

 しばらくして、変調はその頭角を現し始めた。2014年に特殊要因を除いた利益の絶対額が減少に転じたのだ。しかしまだ減益幅はわずかなもので、会社の説明によれば主因は"ドル高"とのことだった。ロメッティCEOは、改革は順調に進んでいることをしきりに強調した。別に会社がどう言おうと構わないのだが、巨額の自社株買いによってEPSは相変わらず伸びていたし、何より株価が急落したおかげで、IBMはその安定性の割にさらに割安になったようにさえ見えた。この時点で購入当初の思惑と違う展開になっていたのに、現実に追いついた株価が私の株式売却を妨げた。「確かに苦戦しているが、十分に割安だ。」

 変調は続く。もはやIBMの主要事業とも揶揄されるようになった大量の自社株買いをもってしても、EPSが伸びなくなった。長期安定成長を続けるブルーチップの面影はすっかりなくなった。私は心底失望したが、その失望に歩調を合わせるように急落した株価によって、IBM株は低迷する業績にとって妥当に思える価格がつけられた。「ここで売ったら、業績回復時に悔しい思いをする」という気持ちが私の株式売却を阻止した。そんなこんなで2017年中盤に至るまで、私はIBMを保有し続けたのだ。


 IBMが保有期間中に見事なターンアラウンドを果たして、過小評価された株価が栄光に返り咲くという別の未来もあり得たかもしれない。その場合、明確な売却基準により機械的に処分された株式には後悔に値する機会損失が生じていたことだろう。
 しかしやはり、確かに私の失敗は売却基準を明確にしていなかったことにある。
 誰も未来のことなど分からないが、自分なりの未来を信じずに株式を購入することは稀だ。その信じた未来が幻想であることが判明した後も株式を保有し続ける場合、新たな未来をゼロベースで構築しなければならない。後追いでやってきた株価に引きずられて判断を修正する時、投資家はもはや株価の奴隷になっている。

 だから私はIBMを売った。フットロッカーを売った。ディズニーを売った。アラガンを売った。エクスプレス・スクリプツを売った。そして今月に入りヘインズブランズを売った。
 当初の見込み違いを株価下落によって納得させられることから解放される気分の良さを、今、満喫している。
 ごく短期間の結果ではあるが今のところこれらの銘柄入れ替えによるリターンは驚くほど良好である。
 その売買の詳細については、次回、披露したい。

コメント

  1. 大胆な銘柄入れ替えを行ったとのことでありますが、ICE,NDAQ等の取引所系の銘柄への投資は考えておられますか?

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    1. 業績指標と推移や事業内容からCboeの購入を少し検討しましたが、シラフではなかなか手が出せないバリュエーションなのでやめました。
      3割くらい落ちてくれないかな...

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